2005年11月のdiary
■2005.11.2 /『それでもあなたに恋をする エネアドの3つの枝』
■2005.11.3 /『裏庭で影がまどろむ昼下がり』
■2005.11.6 /『銃姫 4 〜Nothing or All Return〜』
■2005.11.8 /『聖者の異端書』
■2005.11.10 /『ストラヴァガンザ 仮面の都』
■2005.11.15 /『伯爵と妖精 恋人は幽霊(ゴースト)』
■2005.11.17 /『折れた魔剣』
■2005.11.19 /『そのとき翼は舞い降りた』/『そのとき鋼は砕かれた』
■2005.11.21 /『春になったら苺を摘みに』
■2005.11.23 /『伯爵と妖精 呪いのダイヤに愛をこめて』
■2005.11.25 /『そのとき君という光が』
■2005.11.28 /『アルコン 神の化身アレクソスの〈歌の泉〉への旅 サソリの神2』
キャサリン・フィッシャー(井辻朱美訳)『アルコン 神の化身アレクソスの〈歌の泉〉への旅 サソリの神2』(原書房.2005.420p.1600円+税
Catherine Fisher "THE ARCHON",2004)[Amazon][bk-1]読了。異世界ファンタジー三部作の第二巻。『オラクル 巫女ミラニィの冒険 サソリの神1』のつづき。
新たな〈アルコン〉アレクソスが立ち、平穏を取り戻すかと思われた神殿だったが、日照りはつづき、〈お告げ所〉を私しようとした〈九巫女〉最高位の〈語り手〉ハーミアと将軍アルジェリンも依然として力を持ちつづけていた。そして、〈月の山脈〉にある銀の採掘権を求めにやってきた真珠の国の皇子ジャミルに対し、ハーミアはまたしても託宣を偽り拒絶する。他の〈九巫女〉とともにハーミアと対立して暗殺に怯える日々を送っていたミラニィは、皇子の武力を後ろ盾にしようという巫女のレティアに不安を感じる。しかしミラニィの仲間たちは分断されており、書記のセトは〈神殿〉に近づく余裕をあたえられず、楽師オブレクは行方不明となっていた。楽師との歌の生まれる場所に旅をする約束を忘れていたというアレクソスは、ミラニィに〈影の王国〉のあるじクレオンが持っている〈秘密の球体〉を受けとってくるように命じる。いっぽう、セトは密売人から空からおちてきたという星を手に入れて帰還する途中、アルジェリンの兵に追われるオブレクと再会し、逃亡の果てに墓盗人ジャッカルによって助けられる。
古代エジプト風異世界ファンタジーの第二巻。
今回はミラニィのいる神殿の陰謀劇と、アレクソスたち一行の〈歌の泉〉への苛酷な旅が交互に語られます。
一巻でも思ったのですが、この著者の文章はとても具体的で目の前に起きている物事があまり解釈を施さずに提示するようなかんじです。読み手は、話の道筋をたどるというよりも、登場人物とともに体験するに近い感覚で読み進めることになるわけですが、論理的じゃない私の場合は書かれている物事の意味をあまり考えないままに読んでしまうことが多くなります。言葉にされないものは丸ごとうけとめるけど、そのままに抱えこんでしまう、というような状況か。だから私はこの文章にとても親しみを覚えますが、あんまりうまく言葉にできないのだと思う。たぶん、一巻の時に感想に苦労したのもそのせいかと。でも、それでは困るのでちょっと頑張って言葉にしてみる。
神様と人間の隔絶と交錯が、ひじょうに幻想的に描かれる物語。神話的な要素と、小説的な要素が絶妙にバランスをとっているという印象を受けます。各章の冒頭のアルコンによる独白はほんとうに神秘的で詩的なイメージに満ちていて、これだけ取りだして絵本みたいにしてもいいのではと思うほど。
訳文の品のよさも手伝って、どこかおとなしげでもう少しパワーが欲しいなと感じたのが第一巻だったのですが、この巻は頻繁に場面が変わってテンポが速く、一巻よりも緊張感が持続したようです。追われるようなかんじで、つづきがどんどん読みたくなりました。
地上の太陽の国と地下の影の国という二重構造の世界描写が興味深かった前巻とは変わって、地下の国はあまり出てこなくて、おもに地上の世界で話が進んでいきます。だけど、〈歌の泉〉への旅路はどこか超自然の驚異との出会いの連続。
それから、訳者あとがきで砂漠の旅は珍しいと書かれてるのを見て、そういえばそうかもしれないと思いました。私は自分の趣味で砂漠関係のものをけっこう読んでたけど、実際にファンタジーのなかで描かれる旅は森や山や川なんかが圧倒的に多いような。
でも、このなんとなく漂う千夜一夜の雰囲気は、私の趣味にマッチしててかなり楽しめました。探索の目的である〈歌の泉〉のネーミングもすばらしい。名前を聞くだけでわくわくしてしまいます。つまり、アレクソスの旅は探求の旅なわけですよね。物語の旅というのは、それがまったく不思議とは関係ないものでも異界に踏み込むような作用があるものだけど、この旅はまさしく異界への旅だと思う。おなじ地平にあるけど異なることわりの支配する場所、ですね。
それとは正反対に、ミラニィのおかれた神殿の状況は人間くさい陰謀と確執の場。
ミラニィとレティアの葛藤なども丁寧ですが、とくに悪役であるハーミアとアルジェリンの関係がしだいに変化してゆくさまが、さらりとですがしっかりと描かれていて心を打たれました。ふたりの最後のシーンは圧巻。これまたあとがきには「子供の本とは思えない」と書かれてましたが、そ、そうかこれ子供の本だったのか。まあ、大人向けならもっとエロティックに描かれるのかもしれないけど。これくらいさらりと描かれたほうがいろいろ想像するぶん、かえって深みがあるような気がする。心理描写はときに内面を執拗に描くよりも態度で描かれた方が説得力あるもんなー。読み手の誤解も招くかもしれないけど。
というわけで、たいへん面白かったです。ということを言いたかったのですが、例によってとっちらかった文章になってるなー(苦笑。
ラストがものすごく後をひくので、予約を入れておけばよかったと後悔しているところ。
高殿円『そのとき君という光が』(角川ビーンズ文庫.2004.285p.533円+税)[Amazon][bk-1]読了。異世界ファンタジーシリーズ三作目。『そのとき鋼は砕かれた』のつづき。短編一本併録。
「透き通った銀の羽根」
短編。白い翼の使者が氷の槍を越えてやってきたとき、ふたりは国境で愛を確かめ合う。ゼフリートの継承者のひとりパルメニア王ミルドレッドの、エシェロンの女皇セルマゲイラとの終わりある愛の物語。
「そのとき君という光が」
魔神ゼフリートの籠手〈タンクレード〉の継承者となった十七才のフランチェスカは、近しいものに忘却されるという呪いを解くために、他の継承者を捜している。〈リトスの仮面〉の継承者がホークランドにいるらしい。すぐさまホークランドへ旅立とうとしたフランだったが、パルメニアを来訪するホークランド皇太子を警護するため出国が禁止され、都ローランドに足止めを食らうことになった。フランは資金繰りに頭を悩ませることになり、恋人シグルドの「自分とミルドレッドの違いはなにか」という問いを深く考えることもない。秋の祭をひかえてにぎわう大通りでホークランド皇太子一行の行列に行き会ったフランは、皇太子の愛妾のすがたを眼にして驚いた。場末の娼館からのしあがってきたという“蜘蛛女”は、ガザーラでの親友リリアナだったのだ。なぜか〈リトスの仮面〉の継承者となっていたリリアナに会うために、フランはミルドレッド王の筆頭侍従ロジェの手を借りることとなる。
シリーズ三作目はフランちゃんよりもパルメニア王のほうがメインな気がする展開でした。どうみてもフランよりミルドレッドのほうが葛藤が多い。親に見捨てられ、苛酷な環境で得た友人に忘れられ、兄弟の争いに巻き込まれて王となり、愛する人に忘れられ――。この話、もともと主役はミルドレッドなのではないかという気がするなー。ただ、素直にそうすると話が際限なく暗くなりそうです。いくらまずい料理が得意でも、かれはコメディーキャラクタではないと思うの(笑。
そんなミルドレッドに見込まれたフランちゃんは、これからどうなる。
というわけで、全体の流れからすると仕込みというか、「さあ助走は終わった、これから怒濤の展開だ、つづきを待て」というような終わり方(しかも悲劇を予感させる)をしている巻なのですが、このシリーズ、どうやら続刊が期待できない模様です。出版社の方針のようなのでしかたないですけど、なんかライトノベルの作家さんて大変のようですねー。でも残念だなー。このつづきを読んでみたかった。おんなじ物語世界を舞台にした別シリーズがあるらしいので、そちらを読んでみようかしらと思っています。
谷瑞恵『伯爵と妖精 呪いのダイヤに愛をこめて』(集英社コバルト文庫.2005.285p.514円+税)[Amazon][bk-1]読了。キザな美形伯爵と妖精博士の女の子のロマンティック・ファンタジー、シリーズ第五作。『伯爵と妖精 恋人は幽霊(ゴースト)』のつづき。
十九世紀半ばのロンドン。十七才のリディアは、青騎士伯爵エドガー・アシェンバートに妖精博士(フェアリードクター)として雇われている。なりゆきでしてしまった婚約の解消を願うリディアをよそに、エドガーはリディアの父親とも懇意にしているメースフィールド公爵夫人に正式婚約への助力を頼んでいた。リディアには公爵夫人に面と向かって断ることはできないだろうと踏んだのだ。外堀を埋めてこれさいわいと口説きにかかるエドガーを何とかかわしていると、飛び出してきた黒猫のために馬車が故障した。徒歩で通り抜けることになった公園で、ふたりは敵対するプリンスの配下ユリシスとなにものかの密談を耳にする。ケルピーの出現で発見されそうになり、逃げ出したふたりが伯爵邸に戻ってみると、屋敷内はたくさんの黒猫の出現で騒然としていた。原因は、伯爵が先頃手に入れた呪いのブラックダイヤだという。
前回……じゃなくて、前々回か。伯爵とリディアが方便で婚約してから、しだいにふたりの関係に変化が起きて、だんだんせっかくリディアがその気になりつつあるのに、伯爵のほうがあららという展開になってます。これって、出だしは正反対だけど『魔女の結婚』のあのじれったい展開に似ているような……。ゆれうごく心理はいいのですが、あまりおんなじ構図でおんなじ文章をなんども読まされると飽きてくるので、ほどほどに切り上げてほしいなーとひそかに願ったり。せっかく話の仕掛けが凝っているので、心理説明はこんなにしつこくやらなくても楽しめると思うのですが。
話そのものはかなりおもしろかったです。今回は、指輪の妖精コブラナイが本質はつかんでるけどまわりの状況がぜんぜん見えてないのが楽しかった。ニコは妖精だと完全認識されたとたんにおとぼけシーンが減ってさみしいです。レイヴンのボケ突っ込みに磨きがかかっていて嬉しい。それから黒い水棲馬ケルピー。挿画と描写が微妙に違う気がするけど、私の頭の中ではギリシャ風美青年ということになっています。エドガーがケルピーの美貌に嫉妬するところは笑いました。それと最後のカールトン教授はちょっと可哀想でした。リディアのお父さんは出番は少ないけどちゃんと父親として描かれているのがいいなーと思います。
梨木香歩『春になったら苺を摘みに』(新潮社.2002.189p.1300円+税)[Amazon][bk-1]読了。『西の魔女が死んだ』の著者のエッセイ集。
なんとなく梨木香歩の文章を読みたい気分で新刊を探したのですが、やっぱり図書館にはなかったので(予約数がすごいことに!)、たまたまみつけたエッセイを借りてみた。イギリス留学やその後の滞在での体験について書かれたエッセイ集です。
先日読んだ『村田エフェンディ滞土録』のもととなったと思われるエピソードや人物関係があちらこちらに散見される興味深い本でした。
最近、なぜか私はエッセイに軽い笑い話のような印象をもっていたのですが、この本はまったく違っていて、どうかすると著者の小説よりももっと重たくて、やるせなかったり、さびしかったり、苦かったり、ひりひりしたり、という事柄が多い。淡々と描かれているのですが、現実であるということが話にきれいな決着を付けさせてくれず、昇華もされないので、後味に澱のようなものが残ってしまう。
こころ温まるエピソードもあるのだけど、それも灰色の現実のなかで出会ったささやかな幸せというような、そんな雰囲気です。
読んでいて、真面目で繊細でひとよりたくさん感じて懸命に考える人、というイメージの著者は、幼い頃から世界をものすごく先鋭に感じとってつらい体験をかさねてきたのかもしれない。でも、現実から逃げたりせずにきちんと向かいあおうとし続けて、そうして傷つきながらも耐えられるちからを培ってきたのだなあと。
書かれた事柄に関しては共感する部分がたくさんあって、とくにそうだよなあと思わされたのは共感する能力について書かれた部分でしたが、逃げてばかりの私にはほかにもいろいろと考えさせられた本でした。でもね、こんなに根つめて考えているとほんとうに辛いと思うのよ。もっと肩の力をぬいてもいいのじゃないかと思ったり。あー、なんか支離滅裂な感想ですが、この本に関してはいろいろとこころがゆさぶられて、あんまり冷静な事がかけないので、とりあえずここまで。
家主さんのウェスト夫人の人柄が、薄暗がりでほんのりとともった蝋燭の炎のようでした。
高殿円『そのとき翼は舞い降りた』(角川ビーンズ文庫.2003.253p.476円+税)[Amazon][bk-1]読了。運命に真っ向から立ち向かう守銭奴娘の異世界ファンタジー。シリーズ開幕編。
商人たちの国エドリア共和国のテンガ村に、富の女神ゼリアを守護に持つ娘がいた。その名はフランチェスカ=ドラコーン。あまりにもがめついので村人たちのあいだではフランチェスカ=オカネスキーと呼ばれている。もうすぐ十二才になるある日、フランを見た占い婆は言った「黒と白の運命が待ちかまえている」。運命なんて言葉は好きじゃない。この国では自分の力量次第で出世の道が開けるのだ。フランは大金持ちになることを夢見ていたが、ばくち好きの父親の借金のカタに売られていくことになり、おまけに、借金取りの一行ごと土砂崩れに巻き込まれてしまう。重傷を負い、意識を失ったフランは奇妙な夢を見た。見知らぬ場所で片眼鏡をかけた美しい青年が話しかけてくる。かれはフランが籠手(タンクレード)の継承者になったのだと告げるが、その意味はぜんぜん理解できない。目を覚ますと、フランは鉄拳王ギャリンガムとかれの率いる傭兵隊“絶対無敵団”に助けられていた。
ずっと興味を持っていた高殿円のシリーズが、図書館の書架に並んでいたので借りてみました。
すごく、おもしろかった!
お金大好きな守銭奴ヒロインは、じつは不屈の根性と柔軟な発想の持ち主。威勢のよい文章で元気に描き出されるフランチェスカのすがたは、きらきらと金貨のように輝いてます。そして、つぎからつぎへと怒濤のごとく展開する運命の嵐。息つく間もない境遇が変化にもめげずに前向きにお金持ちをめざしていくヒロインの姿があっぱれ。
……と、ここまで書いてきてちょっと「流血女神伝」のカリエちゃんと重なるかなとおもいましたが――理不尽な運命に翻弄されるとことそれでもめげないところが――フランはカリエよりずっと俗世的で庶民的であっけらかんとしています。お話そのものの雰囲気はこちらのほうが抽象度が高くて、テンポの速さにしても途中で織り交ぜられるギャグにしても、よりマンガに近いお話だと感じました。このギャグ、私にはとても少年漫画的なギャグだなと感じられたのですが、最近あんまりマンガを読んでいないから断言はできない。
とにかく展開が速くて、この内容なら二巻くらい費やしても良さそうなところを、ガンガンガンとあたりを蹴散らすように進んでいくのに圧倒されました。あんまり途中をはしょられると断片的になってしまいそうなんですけど、この巻に関して言えばそれはなかったです。あっけなく恋が成就してしまうところが、ちょっと物足りなかったけど、他の部分がメインのようなのでこれでいいのでしょう。
というわけで、次の巻、いきます。
高殿円『そのとき鋼は砕かれた』(角川ビーンズ文庫.2004.255p.476円+税)[Amazon][bk-1]読了。元気な守銭奴娘の異世界ファンタジー、シリーズ第二巻。『そのとき翼は舞い降りた』のつづき。
以下のあらすじは第一巻のネタバレを激しく含みます。ご注意の上お読み下さい。
世界は魔神ゼフリートの身体の上につくられている。ゼフリートのばらばらにされた五つの身体のうち、籠手《タンクレード》の継承者となったお金大好き娘フランチェスカは、その作用でとてつもない豪腕と不死身の持ち主となったが、同時に親しいものからは忘れられ、籠手を失えば塵と化すという呪いを受けることとなった。呪いを解くためにはゼフリートのすべての身体が必要だと鎧《ケルブレム》の継承者アドリアンから聞かされて、フランは残りの継承者を捜す旅に出る。道連れは傭兵隊“絶対無敵団”の面々と、アドリアン。そして、駆け落ち同然でパルメニア王ミルドレッドから逃げてきた恋人シグルドである。リトスの仮面の持ち主の噂を聞きつけてエシェロンをめざすことになったフランは、盾《プロコイオン》の継承者の影として生まれたシグルドから「愛しているの意味がわからない」と言われて呆然とする。
嵐のようだった導入部をおえて、周囲の状況を織り込みはじめたせいか、ちょっと落ち着きクールダウン。異文化との出会いにより新たな視点がひらける、という展開は好きなので楽しめましたが、一巻のはちきれそうな勢いはやや失われたような。あいかわらずフランは元気なんだけど、恋人とのやりとりが増えたせいで、絶対無敵団の存在感がかなり低下。そのうち、いらなくなっちゃうんじゃないかと思ったり。
あとは、フランの対抗勢力としてパルメニア王ミルドレッドの存在が次第に大きさを増してきたかんじです。そもそも、アリー(ミルドレッド)はシグルドの親のようなものだから重要でないわけはないんですが……そのほかにもどんどん複雑化な設定があきらかになる状況を目の当たりにして、これで三巻で話にケリがついたらすごいよなー、と思う。早めに話を先に進めようとしているのがよくわかるのですが、一巻の時とちがってそれが逆に物語の勢いを弱めているような気も。
三巻の内容が案じられます。
ポール・アンダースン(関口幸男訳)『折れた魔剣』(ハヤカワ文庫SF.2005.445p.800円+税
Poul Anderson "THE BROKEN SWORD",1954)[Amazon][bk-1]読了。北欧神話をベースにした英雄叙事詩的ファンタジー。1974年7月に刊行されたものの新装版。
ユトランド半島の郷士の出身である強者オルムは、相続権を放棄する代わりに得た財産でロング・シップを艤装し、故郷をあとにした。ヴァイキング行をし、デーン人の王に仕えたオルムは、王がアルフレッド大王に負かされるとイングランドのデーンローに居住地を求めた。かれは先住者のイングランド人を皆殺しにして土地を手に入れたのだった。地主の魔法使いの母親だけが逃れ、オルムに呪いをかけた――オルムの長子は人間界ではないところで育ち、オルムは将来自分を八つ裂きにする狼を育てるだろうと。その後、オルムは州長の娘イールフリーダをめとり、ふたりのあいだには息子が生まれた。ある夜、オルムの息子の噂を聞きつけたエルフの太守イムリックは、イールフリーダのもとから赤子を盗みだした。かわりに残したのは、みずからがトロールの王の娘につくらせた取り換え子である。オルムの息子はエルフたちの砦エルフヒューでスカフロクと名づけられ、取り換え子はオルムの館で長男ヴァルガルドとして育っていった。
SF文庫ですが、れっきとしたファンタジー。
北海の荒々しい波と吹きすさぶ凍った風を思わせるような、無駄をそぎ落とした骨太な語りで描かれる、血と暴力と呪いと孤独にみちた悲劇の英雄伝説。
登場人物の出自の説明から始まる冒頭からして、『エッダ』や『サガ』を読んでいるような気分にどっぷりと浸れます。というか、私が思い出したのは紹介書に再話されていた散文の物語なんですが。たとえば谷口幸男の『エッダとサガ』[Amazon][bk-1]とか。
モチーフは、呪いの預言と取り換え子と折れた剣と近親相姦と神々の黄昏。エルフにさらわれ異界で成長したスカフロクと、トロールとエルフの血をひき人間として育てられたヴァルガルド。運命の双生児は暴力の中で出会いを果たし、破滅にむかって突き進むのです。
このふたりの対決シーンは圧巻。ストーリーとしては目玉のはずの、スカフロクが剣を得るあたりの展開がかったるく思えるほどで、そういえば善のヒーローのスカフロクよりも、悪のかたまりのようなヴァルガルドの物語のほうがドラマティックでどきどきします。たぶん、スカフロクがエルフに育てられてあんまり人間ぽくないからだろう。この話に出てくるエルフは、いかにも異界の住人らしい異質な気配をぷんぷんとふりまいていて素敵でしたが、このなかで何にも思い煩わずに育った人間は、やはりちょっと違うよなと思ったです。共感できるヒーローには、もう少し悩みというか深みがないとなー。それはそれで、いかにも伝説の英雄らしいのですけどね。
ともあれ、壮大な英雄叙事詩のあじわいと、小説としての盛りあがりをそなえたインパクトのある一冊。これが1954年、『指輪物語』とおなじ年に刊行されたことを思うと、あらためてすごいなあと思うのでした。しかも、作者は「ホーカ・シリーズ」の共作者の片割れポール・アンダースン。ホーカは読んでいたのですが、その他の著作については寡聞にしてまったく存じあげませんでした。他のファンタジーも読んでみたいかも。図書館で探してみよう。
ところで、いつも思うんだけど、どうして妖精は人間の子供を欲しがるのでしょうか。それこそ、猫みたいに愛でるため?
谷瑞恵『伯爵と妖精 恋人は幽霊(ゴースト)』(集英社コバルト文庫.2005.297p.533円+税)[Amazon][bk-1]読了。キザな美形伯爵と妖精博士の女の子のロマンティック・ファンタジー、シリーズ第四作。『伯爵と妖精 プロポーズはお手やわらかに』のつづき。
十九世紀半ばのロンドン。十七才のリディアは、元強盗のアシェンバート伯爵エドガーに妖精博士(フェアリードクター)として雇われている。美男で口説き魔のエドガーには女性関係の噂が絶えない。きょうもタブロイド紙は伯爵の女性をめぐる決闘騒ぎや霊媒師を口説いただの幽霊娘に求婚だのという記事を載せ、警察はアシェンバート伯爵に会うと言い残して死体で発見されたお針子のことを訊ねてくるという案配である。じつは、プリンスの配下がかかわっているという情報をつかんだエドガーは、富豪の夫人が亡き娘の霊を召還してその夫を募集するという奇妙な降霊会に偽名で潜入し、幽霊娘の夫に立候補していた。いっぽう、エドガーに腹を立てたまま公園に出かけたリディアは、貧血を起こしていた降霊会の主催者コリンズ夫人をホテルまで送ってゆき、そのまま行方不明となってしまう。
面白かったです。
今回は、ヴィクトリア朝といえば心霊主義ということでこのシリーズにも出てきましたね降霊会が、というお話。そして最後にふたりの距離にちょっとだけ変化が?
あらすじを書いてみると、このシリーズ、かなり話が込み入ってるんですよね。筋書きとしてはミステリに近いような。でも、視点が主役ふたりのロマンスに密着しているので、あんまりそうと感じない。リディアの心理説明なんかちょっとくどいかなと感じるほど丁寧だし。けれど、そのあいだにいろんな要素を手際よく理解させていって、全部の要素がからみあい、ひとつのお話としてまとまっている。だから面白いのだと思います。
リディアが「こんなタラシに恋をしてはいけない」と懸命に踏ん張っているあいだに、エドガーの口説きが本気の遊びから本気の真面目に変化して、自分で困惑しているのが楽しいです。それと素でボケと突っ込みを兼任するレイヴンがかわいい。ニコの出番が少ないのが不満。
あとは個人的に、ヒーローがエドガーで、今回出てきたキャラがオスカーで、その本名(?)はユリシスで……というのにすっかり影響されてしまった。これまで私のエドガーの脳内イメージは『BANANA FISH』のアッシュ(タラシ軟弱版)だったのに、ふと気づくと吸血鬼に……そんなのありえないだろうと自分でも思うんだけど、そうなってしまったのでもう駄目です。というか自分にやめてくれと悲鳴をあげている状況です(汗。
最後に素朴な疑問がひとつ。セルキーって人の霊を操ったりできるものなのですかね。
メアリ・ホフマン(乾侑美子訳)『ストラヴァガンザ 仮面の都』(小学館.2003.501p.1900円+税
Mary Hoffman "STRAVAGANZA",2002)[Amazon][bk-1]読了。21世紀のロンドンと並行世界のタリアをゆききする力を身につけた少年と、冒険好きの女の子がまきこまれる、ヴェネツィア共和国風の異世界ヴェレッツァでの陰謀と策略にみちた物語。
16世紀タリア。水の都ヴェレッツアでは毎年恒例の元首の海との婚礼の日を迎えていた。この日ヴェレッツァでは盛大な祭が催されるが、ヴェレッツァ生まれのヴェレッツァ人以外の日没以降の滞在は許されていない。ところが、トルローネ島から兄ふたりと共に祭見物にやってきた十五才のアリアンナは、しきたりを破ってヴェレッツァで夜を過ごそうとしていた。彼女には彼女だけの、胸に秘めた思惑があったのだ。
21世紀のロンドン。十五才のルシアンは、疲れ果てていた。病気のために学校にも行けず、治療の副作用でだるさがぬけない。病気になってただひとつよかったのは、パパときちんと話せるようになったことくらいだ。ある夜、パパはルシアンに一冊の手帳を手渡した。手帳がつくられた街の話を聞かされているうちに、ルシアンはひどく眠くなり、水に浮かぶ都の夢を見始めた。目覚めたとき、ルシアンはまだ夢の中の都にいた――。
読んでてわくわくする児童向けの冒険物語。装丁などは『ハリー・ポッター』を意識しているようすがうかがわれます。表紙カバーはちょっと違うけど……このカバーは私はあんまり好みではないです。このけばけばしさ、たしかにヴェレッツァのイメージには合ってますけどねえ。
時空を行き来するストラヴァガンテの物語。ストラヴァガントするのがストラヴァガンテで、その総称がストラヴァガンザ? すみません、ちょっと不確かです。こういうディテールをすぐ忘れるようになっちゃったなー。歳ですなー。
内容は、人の死の扱いがちょっと安易かなとは思うのですが、異世界というか並行世界のヴェレッツァが魅力的で、それだけで私はうふふとなってしまいました。いや、ヴェネツィア好きなんですよ、森川久美のヴァレンチーノ・シリーズと塩野七生の影響ですが。だから、このヴェレッツァの元首が女公主ドゥチェッサであるのが、とても嬉しい。美しくて気高くて冷酷で、ヴェレッツァにすべてを捧げたシルヴィアさまにめろめろです。シルヴィアさまの恋人が年下で美男の大魔法使いだというのも、なんともかっこよいではありませんか。ビバ、ドゥチェッサ。
それからアリアンナの家族やロドルフォの兄さんたちなど、さりげなく活躍する大人たちも好き。ほんとうに出番はちょっとずつしかないんですけど、フレーム外でもちゃんと演技をしているような。そして、ヴェレッツアの街並みや風俗の描写にわくわくします。
すみませんが、ルシアンとアリアンナのお子様ふたりは眼中から消えてました。話の中心への興味が薄くて申し訳ないのですが、だから子供視点で読んでも面白いのかどうかは、よくわからないです……うーんと、ようするに、病弱の少年の夢が異世界につながったという、ちょっとふしぎな冒険ものですよね。そうするとラストはやはり納得できないんだけど、これはこれで異世界ものの本来の姿を踏襲しているともいえるし、なんだか微妙なんですよねえ。居心地が悪い。並行世界なのが違和感の元なのだろうか。しかし、私はほかの部分で充分楽しんでしまったので。ま、いいかなと。
ということで、面白かったので今度つづきを借りてこようと思います。どうか書架にありますように。問題は、このあともシルヴィアさまの出番があるかどうかわからないことですよ。つーか、今度もヴェレッツァが舞台とは限らないのでは(汗。不安になったので調べてみました……うわ、やっぱり違ってたか。
追記。書架になかったのでまだ借りておりません。
内田響子『聖者の異端書』(中央公論新社C・NOVELS Fantasia.2005.218p.900円+税)[Amazon][bk-1]読了。名もない姫君が行方不明になった夫を捜して旅をする。寓話的な異世界冒険譚。第一回C・NOVELS大賞特別賞受賞作。
弱きもの、汝の名は女。わたしは荒涼とした北の国ファルゴの領主の娘。ゆえにファルゴのゲーデリクの娘、と呼ばれている。父はわたしが十五になる年の春に結婚話を持ち出してきた。相手は母の遠い従兄弟に当たる人物でアイルトンの王子パルジファル。馬面なのが気になるがなかなかの美男である。お祭り好きの父親が先頭に立って、ファルゴでは盛大な結婚式が催されることになった。ところが、豪雨の式の最中、聖堂に雷鳴がとどろいた。落雷の中、なぜか逃げ遅れたパルジファルが白光につつまれたのを見たのを最後に、わたしは生まれて初めて昏倒した。翌日目覚めると、パルジファルの葬儀が執り行われることになっていた。ところが、パルジファルの遺体はどこにもみつからないのだという。わたしは夫の身に人智の及びつかぬことが降りかかったのだと理解し、かれの死を規定のものとしたがる父親と坊様たちに反抗すべく、葬儀に出ずに城から逃げ出すことにした。幼なじみの坊様見習いイーサンひとりを供に連れて。
書影ではわかりにくいですけど、『空ノ鐘の響く惑星で』や「足のない獅子」の岩崎美奈子さんの装画です。
理屈っぽく感情表現の苦手なお姫様の冒険譚。お姫様の一人称で描かれていくお話なので地の文もかなり理がまさっており、登場人物に華があまりないこともあいまって、ライトノベルというにはちょっと地味めな雰囲気のお話ですが、おもしろかったです。
物語の世界は、これが異世界だと理解するのにちょっと時間がかかったほど、ヨーロッパ中世に似ています。封建領主に一神教を信仰する坊様たち。キリスト教の教理問答みたいな問いが話の中心であることも、一役買っている。ただ、後半に姫君の行動範囲がひろがって、異教徒の土地へと出向くあたりではあきらかに世界が違うことがわかりましたが。けど、この設定もどこかでみたことがあるような……。飛躍するようですが、この世界、私には文明後退した植民惑星なんじゃないかと思えましたが。
ま、そんなことはどうでもよくて、このお話は体感する話ではなく思考する話。だんだん話が具体性を欠いて寓話的になっていくのはそのせいかなと。幻想ではなくて理性的に神と対峙する話なのですね。最初から最後まで、作者によってきっちりコントロールされたお話だと思います。だからちょっと勢いがなくて、おとなしい感じを受ける気もする。こういう理屈っぽい話の感想を書くのは苦手なのですが、読んでいて面白かった!ということだけは書いておかねばと思います。日本ファンタジー大賞なんかをお好きなかた向けなのではないかと思いました。
場当たり的なのに理屈をこねずにはいられない姫君のあまのじゃくな性格に、なんとなく親近感を覚えます。理屈っぽい性格と本人の頭が論理的にはたらくかどうかは別問題(汗。たぶんこの姫君も、自分ではどういう意味のことをしているのかしかとわかってなかったんじゃないかと思いますねえ。災難なのはイーサンくんです。本人が満足そうなので救われますけども。
高殿円『銃姫 4 〜Nothing or All Return〜』(メディアファクトリーMF文庫J.2005.327p.580円+税)[Amazon][bk-1]読了。魔法を銃で発動する、異世界ファンタジーシリーズ、第四巻。『銃姫 3 〜Two and is One〜』のつづき。
太古の昔、人間は魔法の力を自分で発動させる力を持っていた。しかし、数百年前に起きた大戦以降、その力は神によって奪われ、人間達はかわりに魔力を浸透させた銀を弾丸として放つ火器を使うようになった――。年は若いながらも魔銃士と呼ばれる存在であるセドリックとアンブローシア、そしてセドリックの姉であるシスター見習いのエルウィングは、伝説の銃〈銃姫〉を追って旅をしている。決闘騒ぎの途中で吹雪に見舞われた一行が命からがらたどり着いたのは、優秀な魔銃士の遺伝子をあつめるためにスラファトによって運営されている娼館だった。
以上、“前巻”の前フリ。この巻のエピソードは前巻からのつづきなので、あらすじはパスです。
といってスルーするとあとで自分が泣きを見るのでおおまかに書いておこう。スラファトの三兄弟の裏事情があかされて、ついでに暁帝国の髑髏王が再登場し、セドリックとアンブローシアに容赦のない現実が突きつけられる展開となっております。ハードでシビアです。このシビアさと文章のせっぱ詰まった雰囲気は、じつによくあっていると思います。ロマコメも好きだけど、こういうかっこよいのも好きなんです。ちょっとストーリーが煩雑な気はして、頭の悪い私はどうなってるのか一瞬途方に暮れてしまったりしたのですが、たぶん、前巻の内容を覚えていないのが悪いのであろう。
あとはあれです、エルウィング。このあいだの感想に何気なく書いたことがまさかほんとうだったとは。あれはほんの思いつきだったのですが。あわわ。不用意なことを書いてはいけませんねー。あー、びっくりした。私の脳内映像ではエルウィングは映画版の『AKIRA』[Amazon]です。ついでに気持ち悪くて途中で顔を背けてたことを思い出してしまいました……ずいぶん昔の話になりましたが。
縞田理理『裏庭で影がまどろむ昼下がり』(新書館ウィングス文庫.2005.287p.600円+税)[Amazon][bk-1]読了。現代ロンドンを舞台にしたほのぼのおいしい妖精譚連作。
テル・ラナクルズは施設で育った十七才。レディーだのエンジェルだのいう自分のあだ名も、その由来となった母譲りの甘ったるい顔も、チビでやせっぽちな自分も大嫌い。さんざん馬鹿にしてくれた連中を見返してやる、大物になってやると決意したテルは、その第一歩として組織からコカイン一キロを盗み出し、巨漢の《ブチ切れ》ミークに追いかけられることになった。「助けて! 悪いやつに追われてるんです!」飛び込んだのは一軒の神秘グッズショップ。マネキンみたいに存在感のない店主は、テル渾身の『お願い』をあっさりと無下にした。一体、こいつは何者なのか。だが、マネキン男は店に押し込んできたミークに銃で撃ち殺されてしまう。捕らえられて暴行を受け、ついに死を覚悟するテル。怖さに見ひらいた目に映ったのは、床に倒れたマネキン男が動き出したところだった。生きてる? そんなバカな。頭を撃たれたのに!
日溜まりでぬくぬくしながらおいしいおやつを食べたいなー、という気持ちになるお話でした。かたわらにはちょっとヘンだけどとっても親切な妖精がいてくれて、足もとにやわらかな子猫がまつわりついていて、おやつは当然手作りなの。そんなところ、どこかにないですか(笑。
と書くとなんかのんきですが、不審と信頼、安心と不安の境目をゆれうごく心をこまやかに描いたお話。孤児の少年が変わった青年に救われて共同生活をするという、どうかするとBLぽい話の筋書きが、すんなりと妖精のお話になっているところがすばらしいなと思いました。いや、ちょっとだけBLぽいなと感じるところはありましたけど、目くじらたてるほどじゃないです。猫とのスキンシップと思えば問題ありません。
『霧の日にはラノンが視える』と比べるとより現実に近いところで展開するこの話は、なんといっても神秘グッズショップ《水銀の秘密》店主ハーパー・マフェットの存在が秀逸だと思います。かれの人を見る視線の意味がわかると、どんどん話の深みがわかってくる。そして、ハーパーの思いをテルが理解していく仕掛けがまたいいなあと思いました。猫は可愛いです。そして猫に向けられるまなざしと同質のあたたかさが、この話全体をつつんでいるような気がしました。
あー、この話、とっても好きだなー。
それと、ハーパーのつくるお菓子や料理がとってもおいしそうなのも素敵。現在体調不良で食事制限中の身にはせつない読書タイムとなったのでした。
このシリーズはこれで終わりなのかなー。これで終わってもいいんですが、つづきがあるならぜひ読んでみたいとつよく思う次第でした。
樹川さとみ『それでもあなたに恋をする エネアドの3つの枝』(集英社コバルト文庫.2005.284p.514円+税)[Amazon][bk-1]読了。軽快なテンポですらすらと読ませる、ロマンティック・コメディー。
エネアド領主の孫娘で十六才のミシアは、親友のララとともに祖父の名代として新王宮の落成を祝う宮廷を訪れていた。権謀術数渦巻く宮廷で素朴な彼女の目的はただひとつ。かつて王子様のような顔をして自分を子ブタ呼ばわりした少年レシーのアドルファに復讐してやることだ。八年間ミシアは努力を重ね、いまでは誰もがふりかえる美人に変身していた。この魅力でかれを恋に陥れ、あとでこっぴどくふってやるのだ。意気込みながら再会を果たしたアドルファは、想像以上の美青年に成長していた。そうだ、この容姿にだまされたのだ。警戒をつよめたミシアだったが、アドルファのまなざしの翳りに気づいてとまどってしまう。おまけに性格が違ったかのように人前でかつての暴言を心から謝罪してくるではないか。――このひとはいったいだれなの。昔の少年とは別人のようなアドルファの姿に、ミシアの心はゆれはじめる。
大変楽しゅうございました。笑いました。前述の『伯爵と妖精』にくらべると登場人物が等身大で、キャラクターにドリームは薄いんだけど、身も蓋もない台詞の応酬が軽快でおかしいの。台詞でぽんぽんと進んでいくお話で、ヨーロッパ中世風の物語世界が話のバックボーンとしてはともかくその場の舞台装置としてはあんまり重要ではないので、劇なんかにしても面白いのではと思いました。ひととき思い切り楽しめて、後味すっきり。ラブコメディーの王道だと思います。
一話完結ですが、いちおう「エネアドの3つの枝」というシリーズの一冊目。残りの二枝はたぶんララとあの施療師(?)の女の子(すみません名前忘れた)だと思うのですが、私はデブの王様と王妃様をもっと読みたい気が(笑。あと、ミシアのお兄さんも気になります。
谷瑞恵『伯爵と妖精 プロポーズはお手やわらかに』(集英社コバルト文庫.2005.277p.514円+税)[Amazon][bk-1]読了。キザな美形伯爵と妖精博士の女の子のロマンティック・ファンタジー。シリーズ第三作。『伯爵と妖精 あまい罠には気をつけて』のつづき。
十九世紀半ばのロンドン。十七才のリディアは、元強盗のアシェンバート伯爵エドガーに妖精博士(フェアリードクター)として雇われているが、美男で口説き魔の伯爵に振りまわされてばかりだ。ある日、伯爵家にマリーゴールドとなのる野原の小妖精がやってきて、青騎士卿の末裔を妖精女王の花婿として迎えに来たと告げる。ところがマリーゴールドは、契約の証として持参したはずの月の指輪を、道中で遭遇した妖精にただの小石とすり替えられていた。小石についた苔を見て、嫌な予感を覚えるリディア。伯爵家が主催する舞踏会に出席したリディアは、エドガーに招待されたという妖精画家のポールと親しくなるが、そこで忘れかけていた嫌な予感の正体を知ることになる。なんと、スコットランドにいるはずのケルピー(水棲馬)が月の指輪を持って突然現れ、リディアに求婚してきたのだ。
たいへん楽しく、すらすらと読めました。つかず離れずの距離感と、エドガーの歯の浮くような口説き文句がうれしい(?)。あと、猫のすがたの妖精ニコの存在が、リディアを突き放したりなだめたりして、たいへんいい味を出しています。ずっと猫の顔してすまして闊歩してましたが、とうとうエドガーもかれが妖精であることに気づいてしまいましたね。とぼけた姿を周囲がなんとなく受け入れているところがとても好きだったので、ちょっと残念だ。
すでにあと二冊ばかりつづきが出ている模様です。なかなか追いつけません。
追記。11/1にまたまたつづきが出ました(汗。