Reading Diarybooksdiary最新
last update 2006.4.3

2006年3月のdiary

最新の日記インデックス
2005年  12月
2006年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月>>
2006.3.2 /『アブホーセン 聖賢の絆 古王国記III』
2006.3.3 /『風の王国 河辺情話』『女ぎらいの修練士 エネアドの3つの枝』
2006.3.5 /『運命の姉妹 女魔術師ポルガラ1』
2006.3.7 /『帝王(リーガル)の陰謀 上 ファーシーアの一族2』『帝王(リーガル)の陰謀 下 ファーシーアの一族2』
2006.3.10 /『永遠はわが王のために ミゼリコルドの聖杖』
2006.3.20 /『オペラ・エテルニタ 世界は永遠を歌う』
2006.3.21 /『銃姫 5 〜The Soldier's Sabbath〜』
2006.3.26 /『呪われた首環の物語』
2006.3.27 /『貴婦人の薔薇 女魔術師ポルガラ2』
2006.3.29 /『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』
 2006.3.29(水)

 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア(浅倉久志訳)すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた(ハヤカワ文庫FT.2004.191p.560円+税 James Tiptree,Jr. "TALES OF THE QUINTANA ROO",1986)[Amazon][bk-1]読了。現代メキシコのユカタン半島のキンタナ・ローを舞台にした幻想短編集。世界幻想文学大賞受賞作。

4150203733

 冒頭に「キンタナ・ローのマヤ族に関するノート」という著者自身の注意書きがあり、三編の物語が収録されています。
「リリオスの浜に流れついたもの」
「水上スキーで永遠をめざした若者」
「デッド・リーフの彼方」

 キンタナ・ローに定期的に訪れて長期滞在をしているらしい、実験心理学者であり物書きである老齢のアメリカ人が、出会ったひとびとから聞かされた海に関する不思議な体験をまとめたもの、という体裁でつづられる短編集。

 印象に残ったのはなぜか距離感。ついこのあいだまでたしかにあったはずのなにかが今は失われてしまったのだという苦さというか。生々しいのに遠い。怖いけれど物悲しい。そんな読後感でした。

 恥ずかしながら、私はキンタナ・ローの名前もマヤ人がメキシコとのあいだに独立戦争をしていたことも、アメリカがメキシコを支援していたこともまったく知らなかったので、著者の「ノート」とラテンアメリカ文学者の越川芳明氏による解説を本文の途中でなんどか読み直してました。なんか妙な読み方をしているなとおもったけど、なんとなく確かめずにはいられなくて。

 読んだあとはぼんやり考えてしまいました。人間はどんなに変化しても生きていくのかなとか。環境が破壊されるのは精神世界がまず変容しているからじゃないかとか。禍つ神はこうして生まれるのかなとか。どんどん作品とはかけ離れた方向に行っているのが何ですが。

 うーんと、もうすこしべつのなにかを書きたかったはずなのに、どうも上手く言葉にできません。

 ともあれ、どの作品も骨太でありながら緻密で、イメージ喚起力のつよさに圧倒されました。薄い本ですが読み応えはたっぷり。シンプルな文章なのに、波の音や潮の香りが漂ってきそうな臨場感がある。そこで出会った怪異(といってもいいと思う)には神話の世界の力強さ不思議さがたっぷりと宿っています。堪能致しました。

 2006.3.27(月)

 デイヴィッド&リー・エディングス(宇佐川晶子訳)貴婦人の薔薇 女魔術師ポルガラ2(ハヤカワ文庫FT.2005.470p.870円+税 David and Leigh Eddings "POLGARA THE SORCERESS",1997)[Amazon][bk-1]読了。壮大な異世界ファンタジーシリーズ「ベルガリアード物語」の前史。「ベルガリアード」の主人公ガリオンの伯母(?)、女魔術師ポルガラ視点の第二巻。『運命の姉妹 女魔術師ポルガラ1』のつづき。

4198618887

 シリーズものにつき、既刊のネタバレがたくさん含まれています。

 またしても図書館の書架に鎮座していたので借りてきました。明るく健康的な雰囲気の回想録はさらに歳月をくだり、政治的ないろいろののちに、ポルガラがひとつの国とそこに住むひとびとの民族性形成に深くかかわることになります。

 この話、女魔術師を守護者に持つセンダリアの年代記としてセンダリア人視点で書いたらものすごくおもしろくなりそうなんですが。ほら、ポルガラの館の執事の家系の視点とかも混ぜて日常的なのにどこか不思議な感じで叙情的に。でも、ポルガラ視点だと十年が一瞬に飛んでいく感じで、じつにあっさりと終わってしまうんですよねー。これではまるでセンダリアでの実験記録みたいですよー。本人もまさにそんな気分みたいだしー。ぜんぜん湿っぽくならないのがこの話の持ち味だし、なんといっても、これが本筋ではないわけですが。でも、なんだかもったいないような気がします。

 と、横道に逸れたようでいてじつはポルガラとセンダリアの特別な関係があかされて、ああそうだったのかと思ったあとで〈鉄拳〉の一族が存亡の危機に遭い、ようやく本編へ直結する展開となっていきます。アレンディアの政治的な話はやっぱりワタクシ的にはちょっと退屈だったのですが(はしょりすぎて歴史の教科書みたいなのがどうも)、ポルガラが少年たち(どんどん世代交代していくのだけどイメージ的にはずっと少年)を守り導きながら潜伏する話になって俄然おもしろくなってきました。というわけで、またつづきがあったら借りてみようかと思います。予約もしていないのに借りられるのって、とってもらくだー(笑。

 2006.3.26(日)

 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ(野口絵美訳)呪われた首環の物語(徳間書店.2004.352p.1700円+税 Diana Wynne Jones "POWER OF THREE",1976)[Amazon][bk-1]読了。

4198618887

 大変申し訳ありませんが、あらすじはパス。本を返却してすでに一週間半経とうとしているため、記憶が曖昧で(汗。

 おおざっぱにどんな本かということを記しておきますと、昔語り風の語り口と言葉の魔法とか呪いとか災難とかコンプレックスを持つ地味な息子とかいった道具立てで、始めはてっきりケルトっぽい古風な異世界ものかと思ったところが、ぜんぜん違ったという。こういう世界設定そのものはよくあると思うんだけど、それがこういう風に提示されていく話は、私は初めて読んだような気がする。正直不意をつかれました。

 そんなわけで、なんだか呆然としているうちに呪いの話はいつのまにか異文化間の相互理解と交流という方向にひろがっていきまして、最後にはファンタジー的な問題と非常に現代的な問題とを両方解決しなければならなくなるわけですが、そこでファンタジー的な方法が使われているのがおもしろかったところ。このあたり、日本の有名な某児童向けファンタジーと似ているところがあるなあと思ったのですが、タイトルを出すとすぐに話の輪郭がわかってしまうので伏せておきます。でも、あちらは回転のきれいなストレート、こちらは当たってもゴロにしかならない癖球、くらいおもむきに違いがありますが(笑。

 それでも、最終的には「DWJにしては」それほど奇抜ではないお話だったかなと思います。初期の作品だからでしょうか。もっとも、全体を通して印象に残るのは親子の確執などの人間関係。どんなにオーソドックスなファンタジー的要素をちりばめていても、これだけ登場人物が素直にわがままだと絶対にお行儀のよい話にはならないんだなあ……。それがこの作家の個性であり、楽しさなんだろうなと思います。

 ところで、これを読んで私は、ジョーンズのきょうだいがわらわらと勝手に活躍する話がけっこう好きだなあと思いました。デイルマークとか『ダークホルムの闇の君』とか『トニーノの歌う魔法』とか。今回の三人はちょっと『詩人(うたびと)たちの旅 デイルマーク王国史1』のきょうだいと雰囲気が似ていた気がします。

Amazonでサーチ>>「ダイアナ・ウィン・ジョーンズ既刊」

 2006.3.21(月)

 高殿円銃姫 5 〜The Soldier's Sabbath〜(メディアファクトリーMF文庫J.2005.319p.552円+税)[Amazon][bk-1]読了。『銃姫 4 〜Nothing or All Return〜』のつづき。短編集。

4044450137

 シリーズものにつき既刊のネタバレを含んでいるかもしれません。

 第六話 絢爛豪華武闘祭
 第七話 星の数は数えられない
 第八話 ホーム スイートホーム
 を収録。

 「絢爛豪華……」は、暁帝国のアラベスカ=アル=ギアンサール一等公爵将が、結婚をせっつかれたあげく婿捜しに自由交易都市ワイルドヘヴンへ赴くお話。暁帝国と敵対するスラファトの軍関係者がそれぞれの理由でニアミスしておおさわぎ。“髑髏王の六つの目”のひとりひとりのユニークな人物紹介つき。スラファトのバシリス三兄弟のまんなかとシエラにも笑わせてもらいましたが、竜王の六竜将のひとりアガート=クレイサス陸軍中将には、アラベスカならずともドキドキ!です(笑。

 「星の数……」は、第五話に登場した武器製造業者ロデリックスのぼんぼんティモシーの後日譚。夢はあきらめたけどもっと現実的な目標をみつけて少し大人になった少年の話。反発しか感じていなかった父親にも若き日があったことを知り、ちょっとだけ和解するシーンがしみじみとしてよかったです。

 「ホーム……」だけは一巻と二巻のあいだのエピソード。おたがいを意識しはじめたセドリックとアンブローシアが、お尋ね者のタブレットハンターのカップルに出会うお話。おとなの男女の割り切れない関係に触れてゆれうごくふたりの気持ちが、コミカルにテンポよく描かれてたのしい。ラストがビターなのはこのシリーズの特色でしょうか。エルウィングが怖くなってきたのはこの頃のようです。このつぎはエルウィングが活躍する模様。

 全編たいへん楽しかったです。デビュー作の呼吸困難になりそうな切迫感がよい意味で薄れ、緩急がほどよくブレンドされてとても読みやすかった。このシリーズの場合、異世界であることがたんなる枠で、ファンタジー読みとしてはそのところがちょっとだけ残念かなーとおもうのですが、人間ドラマがこれだけおもしろければ文句はありません。つづきが楽しみです。

Amazonでサーチ>>高殿円『銃姫』既刊

 2006.3.20(日)

 栗原ちひろオペラ・エテルニタ 世界は永遠を歌う(角川ビーンズ文庫.2005.255p.476円+税)[Amazon][bk-1]読了。手際のよい語り口で病弱な剣士兼薬師と能天気な詩人、無口な少女暗殺者の活躍を描く、異世界ファンタジー。シリーズの開幕編。第三回ビーンズ小説大賞優秀賞受賞作。

4044514011

 「――かくして世界はふたたび朝を見た」滅びの後、鳥の神と世界の王によって救われた世界。目つきの悪い青年カナギ・サンスイは、北部辺境の街エータで行き会った白ずくめの詩人にいきなり「死相が出ている」とあかるく断言されて不愉快になる。かれの故郷ミズネ・タカミネは魔物に襲われ、神聖帝国によって封鎖討伐された。逃亡者であり、魔物の呪いを解く方法をもとめる薬師であるカナギは、前世界の遺跡を統べる不死者と『命の花』の噂をたよりにやってきたのだ。町長は始めは力ずくで、のちに遺跡の危険を説いて思いとどまらせようとするが、カナギの意志は固い。あきらめた町長はカナギに遺跡に行きたがっているという詩人の護衛を要請した。詩人とは、会うなりカナギの死相を見抜いた、あの白ずくめの詩人のことだった。

 この世界は一度滅びていて現在は魔法が存在し、遺跡と不死者の伝説が歌われ、人間たちは魔物の脅威にさらされている、らしいです。退廃的な雰囲気をもったイラストなどがあいまって、その滅びはまだ完全ではなかったのかなとおもわせるのですが、背景は吟遊詩人の歌にほのめかされるだけ。

 つまり、話の主眼は主役の冒険なんでありまして、たぶん真実はヒーローの旅によって明かされていくのでしょう。でも、私にとってはいってしまえばありふれた陰謀に収束したヒーローの第一の冒険よりも、この、吟遊詩人の存在とかれの歌う歌によって断片的に提供される世界のことのほうが、ずっと魅力的で興味津々で、いっそのこと詩人さんの話にしてくれないかなあと思ったりしてしまうわけですが、そうしたら、詩人さんが各地の不死者をめぐりながら哀しいシーンをくり返す話になりそうな予感がするので、景気が悪すぎるかもしれない。

 こんなことを考えてしまうのは、主役の男にあんまり感情移入ができなかったためもあるかなと思う。世界と物語を語る手際ほど、詩人以外のキャラクターに対してときめきが感じられなかったというか。これがキャラクターノベルでないのなら、それで全然かまわずに読めると思うのですが、なんか中途半端なのですよね。素直に共感するにはクセがありすぎるし、しかしそのクセがまだ輪郭だけでまだ中身がともなってないような印象を受けてしまうので、突き放して楽しむという読み方も私にはできなかった。ストーリー展開が急テンポで忙しいので、キャラクターを書き込んでいる暇がなかったのかな。ライトノベルなので主役を無色にするわけにはいかないのだろうと思うわけですが、じつはむずかしいんだよなー、キャラクターノベルって、としみじみ思ってしまう作品でした。

 というわけで、話自体はおもしろく読んだのですが、ちょっと私にはせわしなく感じました。ヒーローのその後に興味が持てない場合、詩人さんのその後に対する興味だけでつづきが読めるだろうか。微妙なところだなあ……。

Amazonでサーチ>>「栗原ちひろ既刊」

 2006.3.10(金)

 高殿円永遠はわが王のために ミゼリコルドの聖杖(角川ビーンズ文庫.2005.319p.552円+税)[Amazon][bk-1]読了。異世界ファンタジー。『王の星を戴冠せよ バルビザンデの宝冠』のつづき。完結編。

4044450137

 シリーズものにつき既刊のネタバレを含みます。

 パルメニアの少年王アルフォンスは、ヘスペリアン(無性体)であるため資格を持たない自分が事実を隠して王位にあることに罪悪感を抱き、つとめをはたす強い気持ちをもてずにいた。おしのびで街中を遊び歩くために身代わりをさせていた少年キースの罠にはまり、アルフォンスは王位を奪われた。市民の生活を目の当たりにしたアルフォンスは、反貴族の旗印をかかげたレジスタンスの活動にのめりこみ、当局の手入れにあって捕らえられてしまう。牢の中のアルフォンスの心にうかぶのは、幼い頃からつねに側にいた侍従マウリシオへのつよい思いだった。しかし、マウリシオは王として断固とした姿勢で政治活動を始めたキースを王と認め、アルフォンスの目の前でキースに膝を折るのだった。

 『マグダミリア 三つの星 II 宰相の杖の章』(2000年ティーンズルビー文庫刊)を改題、加筆改稿したもの。

 パルメニアを舞台にした物語群の、最初に書かれたものを加筆改稿したもの。

 この話、あらすじをかくのがなんでか辛かった。理由を考えてみたのですが、主役の成長を軸としたストーリーが、恋の成就というもうひとつのファクターとあんまりかみ合っていないように感じて、私の頭の中で話が要素ごとに分裂してしまったからかなあと思います。アルフォンスの立っている位置が私にはよくわからないというか。無性体というキャラクターを主役に据えての恋愛話なら、もうすこし違った感覚で展開してほしかった気がするし、違う展開のできるいろんな要素もあったように思うので。なによりも、異世界ファンタジーとしてふくらませて欲しいアイテムがほんとにただのアイテムで終わっているのが残念。

 でも、この分量ならむしろ、もっと焦点をしぼってしまったほうがよかったのかもしれない。
 とにかく、たくさんのいろいろが贅沢にありすぎる。手際よく進められているし興味深くもあるのですが、のんびり雰囲気を味わうのが好きな私としては、ひとつひとつのエピソードにもうすこしゆとりが欲しいなあ、というのが本音です。ジャスターの話などは読み応えありましたし、本筋よりもそっちのほうが楽しかったりしましたが。

 全般的にビーンズ文庫のこの著者の本は「一生懸命に話を進めている」という印象が強いような。だからなのか、私は読みながら焦ってしまうらしい。怒濤のごとく押し寄せてくるあれこれに対処しきれず、消化もできない(汗。それで安心してキャラクターに感情をゆだねることができないらしく、中身がつまりすぎてきゅうくつな気分から抜け出せないのでした。だから疲れるのだろうな。ようするに、私のリズムがとろすぎるのがいけないんだろうなと思う。時代はこういうジェットコースターな展開を求めているのかも。でも、同著者の『銃姫』のときにはこういう焦りは感じないのですよね。うーーん。なにが違うのかしら。よくわからない。

 それから、内容とは無関係ですが、三点リーダが一マス分しか使われてないのがとても気になります。たかが点でも足りないと舌足らずな気分になるのは不思議ですね。

Amazonでサーチ>>高殿円 ビーンズ文庫既刊

 2006.3.7(火)

 ロビン・ホブ(鍛冶靖子訳)帝王(リーガル)の陰謀 上 ファーシーアの一族2(創元推理文庫.2005.564p.1300円+税 Robin Hobb "ROYAL ASSASSIN",1996)[Amazon][bk-1]。
 ロビン・ホブ(鍛冶靖子訳)帝王(リーガル)の陰謀 下 ファーシーアの一族2(創元推理文庫.2005.558p.1300円+税 Robin Hobb "ROYAL ASSASSIN",1996)[Amazon][bk-1]読了。重厚かつ繊細な生活感あふれる描写で、孤独な少年の苛酷な運命と王家を巡る陰謀を描く、異世界ファンタジーの第二部。『騎士(シヴァルリ)の息子 下 ファーシーアの一族』のつづき。

帝王(リーガル)の陰謀 上 ファーシーアの一族2 帝王(リーガル)の陰謀 下 ファーシーアの一族2

 シリーズものにつき、既刊のネタバレを含みます。

 六公国を統べるファーシーア一族の庶子であるフィッツは、国王の暗殺者としての教育を受けて育った。沿岸を赤い船団の溶化の脅威にさらされる公国は、同盟者として山の王国の王女ケトリッケンを継ぎの王ヴェリティの妃として娶った。しかしケトリッケンは宮廷になじめずに孤立。つとめに忙殺されるヴェリティはそんなケトリッケンをいたわる余裕も持たなかった。そんなおり、国王が体調を崩してひきこもるようになり、宮廷では影でケトリッケンの輿入れを妨害しようとした第二王子リーガルが幅をきかせるようになる。冷酷なリーガルの強い憎悪にあいながらも、王国のため国王のため、敬愛するヴェリティのために汚れ仕事を果たしつづけるフィッツだが……。

 大変に読み応えのある作品でした。芯のとおった、ずしんと重みのある物語。描き出されるのは陰鬱な城の光景。冬の森のなかを駆けてゆくときの冷たい風。熱い怒りと憎しみ。闘争の猛り狂うような一瞬におとずれる恍惚。凍えるような孤独と不安感。すべてが生々しく、ぬくもりと痛みをともなってぐいぐいと食い込んでくる。文章の力だけでなく、重厚かつフクザツ、さらに深刻な内容で、これは絶対に読み捨てにできないなーと思いまして、現実に少しずつ読み進みました。痛々しさのあまり先に進めず、立ち止まってしまったところもあります。おかげでたいへん長い時間がかかってしまいました。でも、すばらしく豊穣な読書体験だった。この数ヶ月間は至福の時間をあじわいました。

 登場人物それぞれに秘めた物語があるところも、この小説の深みを増しているのだなと思います。とくに、王様の最後のシーンにはぐっときました。リーガルって読んでいると本当に腹の立つ悪役なんですが、他人に対する以上に自分に不幸な人物だなとも思う。ゆがんでしまっているかれはあのまま変わらないのだろうなあ。
 それから、ブリッチの過去にもおどろかされました。うーーん。ほんとうに人生にはいろんなことがあるよなあ。

 フィッツの困難はどんどん重たくなっていきますが、二重三重にしばられている状況の中でもかれにはさまざまな出会いがあり、信頼があり、愛がある。かれにはそこに救いがあると思いました。
 とりわけ印象的だったのは、狼ナイトアイズとの交流です。どれだけいましめられてもフィッツの孤独を癒すのは〈気〉をつかっての動物との交流なんですよね。絶望的な状況の中で誘いかける狼の声のなんと輝かしく甘美なことでしょう。このシーンだけでも、この作品がファンタジーであることには意味があると思えました。狼はフィッツの分身なのかもしれない。禁忌のわざによる解放というどこまでも苦い状況が、フィッツの置かれているくるしい立場を思い出させて、哀しいと同時にしみじみとしてしまいました。

 というわけで、読み終えてからはしばらく虚脱状態。上巻読んだあとに感想を書けなかったのはあまりにもつらかったからなんだけど、下巻はもう読んだだけでいっぱいいっぱいって感じになってしまってなにを書いたらいいのかしばらくわかりませんでした。いや、いまもよくわかってないんですが。まるでうわごとです。でもこれだけは書いておきたい。これは凄い本だ、と私は思います。厚みと重さ(物質として以上に内容的に)に怯まない方には是非読んでいただきたいです。

 三部作の締めくくり『真実(ヴェリティ)の帰還』上下巻はすでに手元にあります。もったいないのでまたゆっくりと堪能したいと思います。

Amazonでサーチ>>『ファーシーアの一族』既刊

 2006.3.5(日)

 デイヴィッド&リー・エディングス(宇佐川晶子訳)運命の姉妹 女魔術師ポルガラ1(ハヤカワ文庫FT.2005.471p.840円+税 David and Leigh Eddings "POLGARA THE SORCERESS",1997)[Amazon][bk-1]読了。壮大な異世界ファンタジーシリーズ「ベルガリアード物語」の前史。「ベルガリアード」の主人公ガリオンの伯母(?)、女魔術師ポルガラ視点。

4150203997

 魔術師ベルガラスとポレドラのあいだに生まれた双子の娘、ポルガラとベルダラン。母の胎内にいるときに目覚め、母とアルダーから教育を受けはじめたとき、ふたりは異なる道を歩み始めた。運命が彼女たちに用意していた役割は、まったく別のものだったのだ。この世に生まれ出でた後も、魔術師として成長するポルガラと、愛し受容する性質をのばしていくベルダランの距離は離れていくばかり。うつくしい妹と醜い自分。劣等感と愛する妹が遠ざかることへの苛立ちから、ポルガラは父親のベルガラスへの怒りをつのらせていく。

 以前読んだ『銀狼の花嫁 魔術師ベルガラス1』の姉妹編というか、親子編? ベルガラスのシリーズはまだ最初の一冊目しか読んでいないので、図書館の書架にこの本を見つけたときは「どうしようかな〜」と思ったのだけど、すでにストーリー(「ベルガリアード」)は知ってるわけだからまあいいか、と借りてしまいました。

 ベルガラスの手記を読んだセ・ネドラが、ベルガラスがはしょった部分(無意識であれ意図的であれ)をポルガラに補ってもらおうと真冬にわざわざアルダーの谷を訪れる……という枠の中で、女魔術師ポルガラの人生が彼女の視点で語られていきます。

 あらためて、このシリーズの特色は、とにかく明るいことだよなーと思いました。
 愛する双子の妹に先立たれて、その子孫を守護し後見する運命をずーっと担ってきた不老不死の女魔術師の物語といわれたら、私ならもっと悲愴で孤独な話を思い浮かべるんだけど、このシリーズはとにかく陽性で現世的で、ファンタジーの陰影とはかなりかけ離れた雰囲気の話です。基本が幻想物語ではなく冒険物語であり、善と悪もはっきり分かれているからでしょうか。神様が超越しているわりに親近感たっぷりだからでしょうか。読んでいて不安がない代わりに畏れもあまり感じない。娯楽として安心して楽しめるシリーズだと思います。

 その安定した明るさのなかにあっても子供時代というのはまたちがうものらしい。そういえばベルガラスがアルダーと出会う話もおもしろかったけど、ポルガラの葛藤の話もかなり興味津々でした。とくに双子の妹ベルダランとの力関係や母親との関係(狼的な母と娘というのが新鮮)、父親への憎しみをかかえつつ、魔術師として目覚めていく過程がおもしろい。私としては成長後の政治の話はあんまり興味がないので(というよりやっぱり本編はほとんど忘れてるので伏線がわからない;)、ベルダランの結婚式をクライマックスにして、ひとつの話としてくれたらよかったのではないかと思いました。ポルガラというバイアスがかかった総まとめ的な語りものではなくて、その場の臨場感を味わえる同時進行の物語として、ベルダランとポルガラのやりとりを読んでみたかったです。

 ああ、そうか。だから私はベルガラスの話の今後に食指が動かないのかも。主役がどんどん超越していくばかりのような気がするし、政治や駆け引きの話ばかりみたいな先入観を持ってしまってるようだ。読んでみないとわからないのにね。
 この話のつづきはすでに刊行されてます。また書架で見つけたら借りてこようかな。ベルガラスのつづきも。

Amazonでサーチ>>「デイヴィッド&リー・エディングス既刊」

 2006.3.3(金)

 毛利志生子風の王国 河辺情話(集英社コバルト文庫.2005.277p.514円+税)[Amazon][bk-1]読了。チベットの王に嫁いだ唐の公主の姿を描く、少女向け歴史ロマンス小説の番外編。シリーズ六冊目。『風の王国 月神の爪』の次の刊行。

408600691X

 シリーズ三作目の『風の王国 女王の谷』で姿を消した、翠蘭の護衛士の尉遅慧(うつち・けい)のその後を描く番外編。

 図書館で借りていたのをうっかり失念していて、返却当日に電車の中で読み始め、図書館に着いてからはベンチに居座って猛スピードで読了しました。というわけで、たいしたことは書けないのですが、それほど分厚くもない一冊で終わる話なのに、けっこう中身がつまっていたなという印象が残っています。旅の途中の街で出会った娘とのぶきような交流、荒事つきという感じでしょうか。情話というタイトル通り、最後はしみじみとした雰囲気で幕が下りました。

 感想。うーん、やっぱり尉遅慧(うつち・けい)は自分から幸せにはなれそうもありません。

 樹川さとみ女ぎらいの修練士 エネアドの3つの枝(集英社コバルト文庫.2005.282p.514円+税)[Amazon][bk-1]読了。軽快なテンポで描かれる、中世ヨーロッパ風異世界ロマンティック・コメディーファンタジー。『それでもあなたに恋をする エネアドの3つの枝』のつづき。

4086006480

 美形だが短気で女ぎらいの若者セインは、騎士見習いをしていたときに起こした事件が元で修道院に入った。二年間の沈黙の誓いをたて、もうすこしで修道士になれるというある日。院長に呼び出されたセインはコウシェの修道院長へ回状を届けるようにと命じられる。ところが、戻れば修道士として認めてもらえるという旅には、とんでもない同行者がいた。妹を婚約者に引き渡しに行くという近所の領主オーフ・バクシャスと、もちろんその妹だ。オーフの妾腹の妹赤毛のララは色気たっぷりの妙齢の美女で、セインのもっとも苦手とするタイプ。かなり年の離れた男のもとに嫁ぐというのに、彼女はそのことをなんとも思ってもいないようだった。

 今回は前作でヒロインのお付きとして登場したララのお話。先入観と誤解にもとづく偏見から敬遠している相手に否応なしに振りまわされているうちに、意外な弱みや素顔をみつけて、しだいに心が動いていくというのはラブストーリーの定番ですねー。前作と違うのは、振りまわされるのが男のほうであるところ。そのほかは前作同様、テンポよく軽快な展開でおもしろくたのしく読めました。さりげなくファンタジーのいろいろな小道具が織り込まれているところもうれしかった。セインの母親とララの母親のエピソードは、それぞれに幻想の国へのあこがれをかき立ててくれました。

 が、しかし私は女だからか、やっぱりララ視点のセインに傾いていく経過をもっと読みたかったようと思ってしまいます。あと、セインの女ぎらいの根拠がちょっと弱かったかなーとか。つぎの巻はどういうパターンなのでしょう。うむ。

 2006.3.2(木)

 ガース・ニクスアブホーセン 聖賢の絆 古王国記III(主婦の友社.2004.493p.3000円+税 Garth Nix "ABHORSEN",2003)[Amazon][bk-1]読了。現実と似た世界と魔法に満ちた世界をゆききしつつ、邪悪なネクロマンサーと戦う少年少女の成長を描く異世界ファンタジー。「古王国記」の第三巻。『ライラエル 氷の迷宮 古王国記II』のつづき。

4072386413

 シリーズものにつき、既刊のネタバレを含みます。

 先視の力を持たないクレア族の少女ライラエルは、過去を視るものリメンバランサーだった。邪悪なネクロマンサーが暗躍し、古王国とアンセルスティエールに不穏な気配が迫りつつあるいま、クレアたちは手に入れた数少ない未来を確実に実現するため、ライラエルを外界へと送り出した。旅の途中で古王国のサメス王子と出会い、自分が次期アブホーセンであることを知ったライラエルは、ネクロマンサーが実行しようとしている〈殲滅する者〉の再臨を食い止めるために努力しなければならないことを自覚する。

 異世界のみならず冥界のしめった風までもが肌にふれてくるような、臨場感たっぷりの冒険ファンタジー。
 前作までとは雰囲気が変わってかなり救いのない展開になっていきますが、物語の速度がここにきていきなり上昇。クライマックスは息もつかせぬ怒濤の展開でした。押し寄せる奴霊たちの脅威のなか、せっぱ詰まった状況でライラエルが冥界に降りていくところなど、つぎつぎに切り替わるシーンがまるで映画のよう。ひとつひとつの物事が具体的かつていねいに描写されて、目の前で見ているかのような存在感がある。ほんとうに映像的なお話だなーとおもいます。

 ただ、描写はゆたかなかわりに説明が少ない。怒濤のスピードで展開される今の裏にどういった状況があるのかがちょっとわかりにくかったかと思いますです。とくに、七聖賢と殲滅するものが実際はどういう存在なのか、ネクロマンサーは何故殲滅するものを復活させたいのか、殲滅するものがもたらす災厄とは実際どんなことなのかといった、話の根幹にかかわることはあんまり説明されなかったような。説明されたかもしれませんが、私にはよくわからなかった。そのぶん、物語の求心力が弱い気がしましたし、ラストのあたりにずしんとくる重みが足りない気がした。うーんと、話の導入部が長くて、いろんな謎をちりばめてきたのに、肝心の謎解き解決編がささっと片づけられてしまったような感じなのですよね。映像的な迫力だけで物事の構造までは語れないというか、説明せずに状況を伝えるのは難しいんだよなあとしみじみ思いました。

 それとですね。ネクロマンサーの手先にされてしまった若者(すみません、名前忘れてます)については、もうちょっといろいろ書いてあげてもよかったんじゃないかと思うなー。ライラエルとサムのエピソードは前巻にあんなにあるのに、不公平というか可哀想というか。アンセルスティエールの状況もあんまりよくわからなかったので、そのあたりの説明としても欲しかったような気がします。じつのところ、この話はライラエルとサムの話ではなくて、ライラエルと彼――あ、ニックでした――の話として展開した方がよかったのではないかと、私は感じてしまったのですが、いかがなものでしょう。


Reading Diarydiary最新)・books

当サイトの画像および本文は管理人「ゆめのみなと」に著作権があります。
本サイト内の画像や文章の無断使用・無断転載はご遠慮下さい。
Copyright(c)2000-2006 Yumenominato. All Rights Reserved.