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2003年2月前半のdiary

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2003.2.2 /『エンジェル・ハウリング 1 獅子序章―from the aspect of MIZU』
2003.2.3 /『今昔続百鬼―雲』
2003.2.4 /『盗まれた蜜月 前編 有閑探偵コラリー&フェリックスの冒険』
2003.2.9 景気悪い/『光をはこぶ娘』『ヤーンの時の時 グイン・サーガ87』
2003.2.10 宜野湾は?/
2003.2.12 よく噛んで食べる/
2003.2.13 /『毒味役』
2003.2.14 /『塵よりよみがえり』
2003.2.15 バックアップ/
バックアップ 2003.2.15(土)

 久しぶりにパソコンデータのバックアップを取りました。

 このところ、PowerBookの調子がおかしくて、とくに起動時の挙動不審が多く、なんども再起動をくり返していたので、まずいなあと思っていたのです。デスクトップファイルの再構築や、ノートン先生の診断もやったんだけど、やっぱり、おかしい。治らない。もしかして、ADSL接続の関係かしら。
 このまま昇天なんてことになったら、非常に困ります。ここにしか保存していないデータは、日々山のように増えているのだし。メールやサイトのデータくらいなら、まだ我慢できますけど、何日もかけて書いた文章なんかをいっさいがっさい無にされたら、十年くらい立ち直れません(過去に経験アリ)。

 で、やらねばやらねばと思っていたバックアップ。
 フリーのバックアップ用ソフトを立ち上げて過去のデータを見たら、前回したのは11月だということが判明。まずいです。もっと頻繁にやらなければ。
 バックアップそのものは、すぐに終わるんですよね。面倒なのは、ドライブの接続です。
 私はデータをZipメディアにコピーしていますが、うちのZipドライブはSCSI接続なのでこれがいちいち面倒なのです(どうしてZipなのかというと、まだ、CD-RドライブもMOドライブも非常に高価だったころに、お絵かきデータ保存用に購入したからです。フロッピーには一枚ずつくらいしか保存できなかったもので)。
 パソコンの電源を落としてから押入からドライブをひっぱりだして、コネクタに接続。アダプタをコンセントに差し込んで、ようやくパソコンを起動させる。文章にするとすぐなんですけど、「電源を落としてドライブを接続する」のは余計な作業という気持ちが拭えない。
 だからといって、ノートパソコンに外付けドライブをつねに装着しとくのもやだし。FireWireとかUSB対応のドライブが欲しいと、「バックアップの時だけ」思います。文章のバックアップならフロッピーで事足りるんだけどなあ。USB接続のフロッピーディスクドライブ…ほしい。

 ローズマリ・サトクリフ『アネイリンの歌』[Amazon][bk-1]を読みはじめました。

ぐるぐるまわる 2003.2.14(金)

 買い物に行きがてら姪と散歩。
 途中で姪が「新しい駐車場につれてってあげる」というので、妹宅でようやく確保した近場の駐車場へ向かって歩き出した。
 しかし、「こっちだよ」と角を曲がるたびに姪は「あれ?」
 なかなか駐車場にたどり着きません。
 四歳児の方向感覚は、まだ未発達。最終的にたどり着いた駐車場は、出発したところから反対方向に歩けばすぐのところでした。
 歩くのが目的だから、いいけど(笑。

 レイ・ブラッドベリ(中村融訳)塵よりよみがえり(河出書房新社.2002.238p.1800円+税 Ray Bradbury "FROM THE DUST RETURNED",2001)[Amazon][bk-1]読了。アメリカの片田舎に立つ一軒の屋敷。そこに集まる魔力を持つものたちを、詩情豊かに描く幻想小説。

 ブラッドベリが長年書き継いできた連作短編シリーズ《一族》ものを、書き下ろしの短い文章や新しいエピソードを加えて長編化した一冊。
 ブラッドベリってこんなに癖のある文章だったかなと、読みはじめて思った。散文というより、韻文を連ねたものがたりみたい。視覚化しにくくて、最初は文字の上を右往左往してしまいましたです。途中から、あんまり厳密に映像を求めないようにして読み進みました。
 既訳のあるもののうち、新潮文庫に収録されている物以外は読んでるハズなんですが、「集会」をほんの少し覚えていただけで、あとはほとんど記憶を失ってた。「集会」の印象が残ってたのは、萩尾望都のマンガのおかげだと思います。あらためて読みなおしてくらべると、ずいぶん改稿されていますね。新しい物のほうがよりグローバルな感じを受けました。文章は以前のほうがわかりやすかったけど。どちらが原文により近いのでしょうか。
 十歳のティモシーもかわいいけど、セシーがさまざまな魂を旅してゆくところの描写は、やっぱりわくわくします。

 それにしても、エジプトのミイラまでさかのぼってくると、アン・ライスの「ヴァンパイア・シリーズ」を思い浮かべたりして横道に逸れてしまう私でした(笑。

 2003.2.13(木)

 レイ・ブラッドベリ『塵よりよみがえり』[Amazon][bk-1]を読みはじめました。

 ピーター・エルブリング(鈴木主税訳)毒味役(早川書房.2002.300p.1900円+税 Peter Elbling "THE FOOD TASTER",2002)[Amazon][bk-1]読了。16世紀のイタリアで、貧しい農夫が領主の毒味役となって味わう波瀾万丈の悲喜劇をロンドン生まれロサンゼルス在住の著者が描く、歴史小説。

 16世紀のイタリア。トスカーナとウンブリアとマルケの境界に位置するコルソーリで、貧しい農家に生まれたウーゴは優しかった母親をペストで亡くし、兄ヴィットーレと、兄ばかりを可愛がる父親に虐げられて育った。身体が自由にならなくなった父親が羊をすべて兄へと譲り、何ももらえなかった十四歳のウーゴは家を出た。木こりとなって結婚をし、しばらくは幸せに暮らしたウーゴだったが、出産時に妻が死亡。山賊に襲われて友人を失い、一人娘をかかえて貧困と飢えにあえぐようになった。そんなとき、狩猟中のコルソーリの領主フェデリーコと出会ってしまったウーゴは、相手の怒りを買い、命は救われたものの毒味役をさせられることになってしまう。

 著者が「毒味役ウーゴ・ディフォンテの手記」を翻訳したという体裁で発表された歴史小説。
 主要都市ではルネッサンス華やかなりしイタリアで、外れた田舎にあるコルソーリはいまだ中世の暗黒時代。野蛮な家族で虐げられていたウーゴは、つかの間のしあわせを味わったのち、かつては傭兵隊長を務めていたという傍若無人な領主フェデリーコと出会い、天国と地獄を行ったり来たりするような、文字通り命をかけての日々を送ることになる。
 ウーゴの生い立ちが語られる冒頭のあまりの暗さに、このまま延々と虐げられた野蛮で不潔な生活が綴られていくのだろうかと不安になりましたが、物語が進むにつれて多彩な登場人物のおりなす粗暴で、打算的で、欲深ではあるもののそれなりに真摯な行動が巻き起こす、滑稽なドラマを楽しみました。

 農夫の貧しく暗い世界から、豪奢できらびやかな領主の世界にとびこんできたものの、素直に料理を楽しめようもないウーゴは、美味しいものを食べられて幸せなのか。混入されているかもしれない毒に怯え、いつ死ぬかもわからない気分で食べる料理は、おいしいのか。お仕着せをあたえられ、城に部屋をあたえられても、ほかの使用人たちからは毒味役と蔑まれる。娘は美しく成長していくけれど、彼女には内緒でかわしてしまった結婚の約束はどうなるのか。
 これでもかこれでもかとたたみかけられるウーゴの窮地。切り抜けても切り抜けても、なかなか安全な場所にはたどり着けない。周囲のひとたちは、みな自分本位で生きており、味方になったり敵になったり。

 領主の周囲で起こる出来事がみょうに大げさだったり、保身にたちまわる人々の素朴だけど現実的な行動や、迷信深い一面など、いろいろな要素がからみあってストーリーが動いていくさまは、青池保子の中世マンガを彷彿とさせます。美青年が出てこないので、マンガにはなりそうもないけど。あ、でもウーゴはもしかすると美形なのかもしれないです。彼が恋した女性はみんな「すぐに」なびいてるので。十七歳くらいで結婚して、娘のミランダが十一歳の時に毒味役になったので、まだ三十くらい。うーむ。いいかもしれない。

 当時の社会状況をたくみに織り込んだストーリー展開と描写がたのしい。とくに、貧困にあえぐ農民を嘲笑うかのような、領主の食卓は圧巻でした。ずらずらとつらなる料理名に想像力もおいつきません。でも、ものすごくこってりした、脂っぽい料理が多いような気はする。それに、どうみても食べ過ぎだと思う。領主が痛風と便秘と肥満を患っているのも当然です。
 それから、ミラノへの旅の途中、毒味役のギルド成立を夢見るウーゴが考える、毒味役ギルドの入会儀式というのがおかしかった。

 読むのに時間がかかりましたが、いろいろと楽しめるお話でした。

よく噛んで食べる 2003.2.12(水)

 胃の調子が治らないので、最近は食事をゆっくり食べるように心がけてます。
 具体的にいうと、とにかく噛むこと。口のなかで出来る限り咀嚼して、胃の負担を減らそうというわけ。はじめてから、いままでずいぶん「丸飲み」してたんだなあと気がつきました。けっこう食べ物のかたちが残ってるままで飲み込んでたんですね。だから、噛む回数は五倍ぐらいに増えたんじゃないかと。一所懸命噛んでいるととても疲れます。食事が終わると、顎がだるい感じ。
 胃の負担のほうは、まあ、それなりに減ってるような気がする。
 でも、ほら、アフリカかどこかに住んでる部族のひとたちに虫歯がないのは、硬い食べ物をたくさん噛んで食べてるから(唾液の分泌量が多くて口内が殺菌される)だとテレビで見た記憶があるので、歯の健康のためにも食べ物を噛みしめようと思います。ごはんを噛んでるとあまくて美味しいし。しかし、今夜のサイコロステーキは疲れた…。

 ひきつづき、ピーター・エルブリング『毒味役』[Amazon][bk-1]を読んでます。おもしろいです。しかし、中世ヨーロッパにいわゆる「ファンタジー」風の夢を抱いているひとは、読まないほうがいいかもしれない。すごく汚いから。

宜野湾は? 2003.2.10(月)

 青森でおこなわれた冬季アジア大会も終わり、いま、一番興味があるのはプロ野球の春季キャンプなのですが。
 そもそもテレビ視聴の時間が減少している私。昨年、失望のうちに民放のスポーツニュースを見ない癖がついてしまったため、現在の状況がさっぱりわかりません。もちろん、神奈川新聞には目を通しておりますが、やっぱり動いてる選手を見たい。
 かろうじて毎日見ているのは、家族が視聴を強要するNHKのお昼のニュースと七時のニュースなんですが、NHKはすっかり「ヤンキース松井秀喜」に舞いあがっているため、日本のことはほとんど流してくれません。NHKを見ていると、世の中に野球選手は松井しかいないような気がしてくるほどです。
 そういえば、去年までは毎日イチロー選手ばかりでした。イチローが打ったの、走ったの、三振したの。それで、マリナーズの勝敗はどうなったんだ、と何度画面にむかって突っ込みを入れたことか。今年はヤンキースそっちのけで松井選手を追いかけるのだろうか。
 野球は団体競技のうちでもかなり個人競技的な要素の強いスポーツですが、こんなふうに一日本人選手の、それもまだ活躍もしていないシーズン前の動向を事細かにとりあげてもらっても、あんまり嬉しくないというか、楽しくないというか。松井選手に恨みはないけど、報道陣には大いに不満を感じます。
 愚痴を漏らしていてもしかたないので、夕方の民放ニュースを見るべく努力してみます。とりあえず、TBSね。

 ピーター・エルブリング『毒味役』[Amazon][bk-1]を読んでます。

景気悪い 2003.2.9(日)

 五日もサボってしまった。すみません。書くことなくて。
 ここ二、三日暖かくて、二月中にこの気温は気持ち悪いくらいです。
 おかげで風邪はだいぶよくなりました。まだ完全じゃないんですが。どうやら鼻炎に移行してしまったらしい。それと胃がおかしい。昼ご飯を消化しないままお茶したりして、夕飯が食べられなくなったり、寝るときまで胃がもたれてたり。
 食べ物を美味しく食べられないと、毎日が味気ないでございます。かといって、昼食後に胃薬を飲んだら夕飯数時間前に死にそうにお腹が空いて、ちかがつれになりそうだったしな…。

 O.R.メリング(井辻朱美訳)光をはこぶ娘(講談社.2002.239p.1500円+税 O.R.Melling "THE LIGHT-BEARER'S DAUGHTER",2001)[Amazon][bk-1]読了。現実のアイルランドと妖精の世界をゆききするファンタジー。

 ダーナは十一歳の少女。三歳の時に母親が行方不明となり、父親ゲイブリエルとふたりで暮らしてきた。ダーナが大きくなるにつれ子育てに不安を感じはじめていたゲイブは、実家のあるカナダへの移住を決意していた。反発するダーナ。父親はカナダ人だが、ダーナの人生のすべてはアイルランドにあるのに。そんなある日、自然保護活動の集まりの催されている森で、ダナーは妖精の貴婦人オナーと出会った。彼女はオナーから、妖精国の上王から森のルーフへのことづてを託される。

 妖精の国と現実の世界が重なりあい、からみあいながら綴られていくのはいままでとはおなじでも、前作『夏の王』とはずいぶん色調のことなる物語でした。ヒロインが十一歳だからでしょうか。妖精たちの理不尽さやつめたさは、幾分和らぎ気味。アイルランドの自然の描写は、森の息吹や獣たちの体温をかんじられるような暖かなもの。繊細でいながら簡潔な文章と訳文を堪能。
 ストーリーは、行方不明のダナーの母親のものがたりや森のルーフの嘆きの理由など、悲劇には違いないのですが、切実さがすこし薄いような気がしました。まだ幼いダーナの視点から見ているせいかもしれません。
 ラストは、映画『グース』を思い出しました。やっぱり、対象年齢が下がっているのかな。いままで読んだメリングのなかでは、いちばんかるくて甘いお話だった気がする。

 栗本薫ヤーンの時の時 グイン・サーガ87(ハヤカワ文庫JA.2002.322p.540円+税)[Amazon][bk-1]読了。

 おお、とうとうこの時が来たのか…。今回は感慨に浸りました。
 相変わらずセリフが長々しくて、とくにグインと病床の人は喋りすぎだと思うんですけども。まあ、いいか。めずらしくイシュトヴァーンに可愛げがあったし。

 2003.2.4(火)

 橘香いくの盗まれた蜜月 前編 有閑探偵コラリー&フェリックスの冒険(集英社コバルト文庫.2003.236p.476円+税)[Amazon][bk-1]読了。シリーズ十六冊め。『緋色の檻 後編 有閑探偵コラリー&フェリックスの冒険』のつづき。

 結婚式をひかえて準備にいそしむコラリーは、あいかわらずフェリックスとの喧嘩をくり返していた。夢見ていた(?)花嫁の感傷どころではない。フェリックスにデリカシーを求めても仕方のないことはわかっていた。けれど、この調子でまともな恋愛のプロセスは全部やり損なってきてしまったのだ。悔いが残る。婚礼前夜、フェリックスからむりやりプロポーズの言葉をひきだしたコラリーは、ようやく安心して眠りについた。ところが、翌朝目覚めたコラリーの眼前には、怪盗シュシナックが微笑んでいた。

 相変わらずのテンポのよさで、するすると読めました。もうそろそろ年貢の収め時かと思われたシュシナックの最後のあがきとなるのか、一発大逆転でコラリーを勝ち取ることとなるのか、興味津々です。
 舞台がブローデルからアルカイスに移って、ちょいと中東ふうの香りが漂ってきまして、なかなか楽しいです。政治的な関係はどう見ても戦前の中東とヨーロッパの構図なんですが、きな臭い出来事もそつなく織り込まれ、シュシナックの素顔にひかれてゆくコラリーのゆれる心と相まって、ロマンティックコメディーとしても無理がない。これまでのようなコラリーの暴走はあんまり期待できないようで、その点がちょっと残念なのですが。そういえば、フェリックスもシュシナックも今回は余裕がないですな。やはり政治的な陰謀なんかをからめると、シリアスに傾くのかしら。それとも、読んでる私が中東情勢に重ねあわせるからいけないのか。
 どうしてかやっぱり巻き込まれてしまうボナバンが、おかしい。

 2003.2.3(月)

 京極夏彦今昔続百鬼―雲(講談社ノベルス.2001.478p.1150円+税)[Amazon][bk-1]読了。
 副題は「多々良先生行状記」。「妖怪」シリーズでもおなじみの、日本で唯一の妖怪学者、多々良勝五郎センセイとその助手沼上さんの、てんやわんやの大冒険(?)をまとめた短編集。四編収録。

「涯岸小僧」
 俺は、頭に来ていた。多々良センセイと「俺」沼上蓮次は山梨県に妖怪伝説めぐりにおもむいていたのだが、自分の方向感覚に対する絶対の自信からしばしば既存の道を無視する多々良センセイのおかげで、山奥で迷ってしまったからだ。嵐の中を村を求めて彷徨するうち、ふたりは湿地帯に転落する。すぐそばには河が流れているようだ。夜の河原で相も変わらず言い合いをしているうちに、不審な水音がし、ふたりは耳をそばだてた。人間の悲鳴につづいて聞こえたのは、「か、カッパかッ。どうして――」。

「泥田坊」
 俺は、腹を立てていた。信州に妖怪伝説めぐりにおもむいたところ、例によって多々良センセイの思いつきで行き当たりばったりに妙な理屈をこねてルートを外れているうちに、資金は底をつき、雪の山のなかで立ち往生をするはめに陥ったからだ。寒さのなか、嫁殺しの田をもとめて言い合いをしながらさまよううち、ふたりは山あいをこだまする不気味な声を耳にした。「タ、オォカ、イ、セ、タオ、カエェ、セ――」

「手の目」
 俺は、またもや腹を立てていた。信州で無一文になったのち、殺人事件にまで巻き込まれてしまったというのに、奇特な素封家村木老人のおかげで軍資金が調達できたのをよいことに上州まわりで東京に戻ろうなどと考えたのが馬鹿だった。多々良センセイと俺は、村木老人の遣いできてくれた富美ちゃんをまきこんで無計画に山に入ったあげく、雪にふりこめられて身動きかなわなくなってしまったのだ。天候の回復を待つあいだ逗留している小さな宿で、ふたりと富美ちゃんは、宿の旦那が行方不明という話を聞かされることになる。

「古庫裏婆」
 俺は、あのときのことを思い出すと、いまでも身が縮む。それはやっぱり多々良センセイとともに山形へ妖怪伝説めぐりにおもむいたときのことだった。山に登るの登らないのでもめてどうにも進めなくなり、一夜の宿を取らなければならなくなった。素泊まり宿で相部屋となったのは、眼光鋭い黒衣の古本屋。黒衣の男と話していた老人が口にした「神隠し」の言葉に、多々良センセイはとびついた。

 「妖」と「怪」のつく言葉を聞くとなんでも振り返り、つねに妖怪のことを考えていると言ってはばからない多々良勝五郎センセイと、その理不尽ぶりにふりまわされながらも、自分も伝説が大好きなせいでついうっかり乗せられてしまう沼上さんの、無軌道珍道中。沼上さんのぼやき突っ込み満載の語りがおかしいです。話のネタで一番馬鹿馬鹿しかったのは「涯岸小僧」で、一番荒唐無稽だったのが「古庫裏婆」でしょうか。多々良センセイの蘊蓄ゼリフは、京極堂にくらべると陽の感じだし(無責任に喋り散らしているという気がしないでもないが)、全体的に雰囲気のあかるい短編集でした。読みながら何度も吹き出してしまった。

 2003.2.2(日)

 映画に出かけた罰が当たり、風邪が悪化した週末でした。
 咳き込みつづけたので腹筋が痛い。かみすぎて鼻の奥も痛い。

 プロ野球のキャンプが始まりましたが、監督の豆まきしか映ってないキャンプレポートって、なんだか悲しい。

 秋田禎信エンジェル・ハウリング 1 獅子序章―from the aspect of MIZU(富士見ファンタジア文庫.2000.238p.460円+税)[Amazon][bk-1]読了。異世界ファンタジー(?)シリーズの第一巻。

 とある地方都市で裏の勢力を二分している片方の一家が皆殺しにされた。もう一方の勢力であるツグルー配下の「店」に静かに押し入った赤毛の女は、それが自分の仕業であると言い、ひきかえに情報を要求する。女の名はミズー・ビアンカ。「ハート・オブ・レッドライオン」のふたつ名を持つ、きわめて優秀な職業的暗殺者。彼女が求めたのは、八年前に帝都から姿を消した、とある打撃騎士の消息だった。

 半年ほど前からいきつけの図書館に「ヤングアダルトコーナー」なる棚が設置されまして、そこにはいわゆるライトノベルからヤングアダルト向けと銘打ったちょっとばかりお堅い本まで、中高生向けとおぼしき文庫や新書やハードカバーが並べられているわけです。「デルフィニア戦記」とか「ブギーポップ」とか森絵都とかK.M.ペイトンとか、かなりごたまぜだけど。
 そこには名前だけは知っているけど、あまりに長いので手を出すのが億劫になってしまったシリーズものなんかがけっこうあるので、いつも眺めては「一巻があったらどれか借りてみよう」と思っていたのでした。で、秋田禎信です。もの凄く長いもう一方のシリーズは、もう、始めから気力がついていかないので、とりあえず、短い方のシリーズを手にとりました。

 感想。テレビアニメーションのような小説だなあ。
 ヒロインであるミズーの行動に焦点を当て、ほぼ全編に渡って視点は登場人物の外にある。アクションにはスピード感があり、ミズーの人となりと過去、現在の状況がしだいに明らかになっていく手際の良さは、さすがだと思わせられます。キャラクターの個性は登場時にのみ込めるようになってるし。

 しかし私の好みとしては、もっと世界に奥行きがあってほしいです。この話のなかでは世界は概念として描かれているだけのような感じがする。手触りがほとんどかんじられない。文化もわからない。異世界の雰囲気を楽しみたい私にとって、ミズーの立つ大地の風景がどんなかんじなのか想像できないのはさみしいのです。ミズーの一人称であるならばともかく、こんなに突き放した視点での描写なのに、背景にモザイクがかかっているようなもどかしさでした。
 それと、神秘調査会のアイネスト、ですか。このひとの独言癖は、突然舞台の袖でナレーションしているみたいで違和感が…。


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