2001年3月前半のdiary
■2001.3.2 FF9その10/『リングテイル 4 魔道の血脈』
■2001.3.3 ザ・コアーズ/『ライオンハート』
■2001.3.4 真夜中の電話
■2001.3.5 /『空とぶベッドと魔法のほうき』
■2001.3.6 下関でのオープン戦/『西城秀樹のおかげです』/『ドリトル先生の英国』
■2001.3.7 本屋の敵?
■2001.3.8 /『スピリット・リング』
■2001.3.9 「ハオハオ」/『狼と銀の羊 足のない獅子』
■2001.3.10 「森さん」って/『ヴァルキリープロファイル 上』
■2001.3.11 /『さよなら、「いい子」の魔法』
■2001.3.12 寒いぞー/『呼ぶ声が聞こえる 破妖の剣外伝6』
■2001.3.13 /『月の砂漠をさばさばと』
■2001.3.14 風のせい/『夢界異邦人 眠り姫の卵』
■2001.3.15 頭くらくら
仕事でプリンタの準備をし、プリンタを動かしてから外出。
図書館帰りに繁華街に出る。
- 麻城ゆう『太陽の城 月光界秘譚2』(新書館ウィングス文庫)
- 妹尾ゆふ子『チェンジリング 赤の誓約(ゲァス)』(ハルキ文庫)
を購入。
ホントは『獣王星5』を買いにいったのだけど、あてにしていた本屋に「3」「4」「4」しかなくて。そのほかのところにもまったくないか、あっても5はない状態。
一冊ずつ買い進んでいたのがあだになってしまった格好。
この間来たときにはたしかにあったのになー。ないとなると、よけいに手に入れたくなるんだよなー。山積みになっていたりすると、けっこうひいてしまって「ちょっと考えてから…」なんて思ってしまうのですが。
帰宅後、また仕事。疲れた疲れた疲れた。
今日はあまりにもひどい髪の毛をなんとかするべく、図書館ではなく、美容院へ。
きのうよりはあたたかかったけど風が強くて、せっかくきれいにしてもらった頭が家にたどり着くまでにはぐっちゃぐっちゃになっていた。悲しい。
紫堂恭子『ブルー・インフェリア 第四巻』が、2001年3月29日に発売されるそうです。メモメモ。
水落晴美『夢界異邦人 眠り姫の卵』(メディアワークス電撃文庫.2000.326p.590円+税)読了。
人の心の中には、もうひとつの世界がある。その世界に自由に侵入することのできる特殊な能力を持つ凛は、精神科医ももてあます、外界とのつながりを断ったひとの心の治療をなりわいにしている。世間的に言えば、心理カウンセラーである。
同業者である紅美がひとりの患者の小宇宙の中に侵入したまま、五日間戻ってこない。紅美のアシスタントからの連絡を受けて、凛は紅美の診療室を訪れた。
紅美の隣に横たわっていたのは、高校生の古賀さとみ。もう二年も眠りつづけたままなのだという。さとみの心へ侵入し、彼女が心につくりあげた世界が完璧に自己完結していることを悟った凛は、さとみが眠りはじめた原因を探るため、調査を開始する。
電撃ゲーム小説大賞の最終選考に残った作品。雑誌『電撃hp』に一挙掲載され、好評を博して文庫化されたのだそうです。
心に深い傷を負った少女が、自分を守るために心を閉ざし、じつは自分の内宇宙である異世界へと足を踏み入れる。そういうパターンの話では、氷室冴子の『シンデレラ迷宮』とか荻原規子の『これは王国のかぎ』なんかが思い出されますが、この話が違うのは、眠りつづけている少女そのものである人格というのは出てこなくて、心を閉ざす原因になった出来事をときほぐす作業をするのは「夢界異邦人」を自称する凛や紅美のような他人である、というところでしょうか。
話の中心はさとみの内宇宙のファンタジーなのですが、主役はどうみても凛のほう。なのに凛はそれほどさとみの世界を知っているわけではなくて、それをするのは紅美である。というふうに、感情移入する場所が分散されているようで、とくにファンタジー場面での物足りなさが残ります。
なかで異常にチョコレートに執着しているようなところが気になって、なんでチョコレートなの。チョコレートは甘いだけじゃおいしくないのに、と力んでしまった
北村薫『月の砂漠をさばさばと』(新潮社.1999.140p.1400円+税)読了。
小学三年生のさきちゃんと、お話をつくっているお母さん。
ふたり暮らしの何気ない毎日のようすを、おーなり由子のあたたかな絵とともに細やかにつづる、連作短編集。
ミステリでもファンタジーでもないけど、心温まるほんわかした本でした。どのはなしも、そこいらへんに転がっていそうなのにとくべつな感じなのは、描き方が上手だからなんでしょうね。
ところどころ読んだことがあるような気がしたのですが、奥付を見てその理由が判明しました。なかの四作は朝日新聞の夕刊に、幾人かの作家が「少女物語」として短編を発表していた枠に掲載されていたのです。1998年のことでした。
けっこう気鋭の作家が参加していたような気がするけど、すでに執筆者の名前はほとんど覚えていないです。
ひとりだけ、覚えているのは、氷室冴子。
新刊を出さなくなってけっこう経っていたので、「なにをしているんだろう」と思っていた時期でした。それからも以前出したものの再刊はあるけど、やっぱり新しいものは出ていない。『銀の海 金の大地』つづきを書く気はあるのでしょうか。先日はNHK教育の方言の番組に出ていたのを見ましたが。
ふたたびお仕事。
事務所がとても寒い。暖房器具が私のところまで温めてくれない。手がかじかんで、タイピングがとてもつらいです。
原稿の文章が私のリズムでないのも、うちながらバランスが崩れていく要因。
内容が理解できることなら、根本から書き直してやりたいよー。あうう。
別サイトのゲストブックの表示がおかしいと指摘されたのですが、CGIは設置がやっとで、内容そのものはよくわからないのですねー。
しかも、私の環境(Mac+IE)ではなんの支障もなく動作している。
どうすべーと思いつつ、トクトクの掲示板を探してみたら、どうやらまたもサーバー関連で何事かあったらしい。
関連ログを眺めていちおう対処らしきものをしてみましたが、正常になったかどうか確かめられないのが困ったもの。
こちらの掲示板は、幸か不幸か、書き込みがほとんどないので状況がわかりません。テストしてみましたが、なんともない。しかし状況からして、私が試してもまったく意味はなかったのでございました。
掲示板によるとWin+IEで異変が起きるようです。どなたもMac環境には言及しておられないので、たぶんMacだと平気なんでしょう。
トラブルがなくてラッキーと一瞬思いましたが、皆様の標準がわからないということは、サイト運営にはあまりよいポイントではないかもしれません。うーむ。コンピュータウィルスなんかだと、危険度が低くて気楽なんだけど…。
前田珠子『呼ぶ声が聞こえる 破妖の剣外伝6』(集英社コバルト文庫.2001.236p.476円+税)読了。異世界ファンタジーシリーズ「破妖の剣」外伝の六冊目。
本伝のストーリーを紹介しようにも、説明できるほどちゃんと把握していないので申し訳ないけど、パス。
ヒロイン、ラエスリールの姉貴分サティンのお話と、ラエスリールが迷子を拾うお話。短編ふたつ収録、と書こうとして、分量としては中編くらいはあるなと思った。話の内容は短編だと思うのだけど。
本伝を前提にしているのは物語の設定だけではなく、登場人物の感情描写もかなりふまえられている…というより依存しているので、ほとんど外伝だけでは成立しないおはなしだとおもう。あらたな読者を呼び込もうという気は、もうないのでしょうかね。
この話、いつまでつづくのかな。乗りかかった船と思って買いつづけているけど、ときどき…。
ゲイル・カーソン・レヴィン(三辺律子訳)『さよなら、「いい子」の魔法』(サンマーク出版.2000.350p.1800円.Gail Carson Levine "ELLA ENCHANTED",1997)読了。
誕生の祝いとして妖精に「つねに従順であれ」という魔法をかけられた少女が、苦難にうち勝って幸せを手に入れるファンタジー。
エラが生まれたとき、考えなしの妖精のルシンダはよかれと思って彼女に魔法をかけた。ルシンダはいつもお祝いの席に突然やってきては、迷惑な魔法を贈り物にする。エラがもらってしまったのは「従順」。おかげでエラは、命令されるとどんなことでもやらなければならなくなった。拒否しようにもからだがいうことをきかなくなってしまうから。しかしエラの性格は魔法のおかげでかなり反抗的なものになった。
エラの母親が亡くなったとき、エラの理解者は料理人のマンディだけになってしまった。葬儀のときに出会ったシャーモント王子はエラを気に入ってくれたようだったが、父親は彼女など眼中にない。準男爵夫人のいけ好かない姉妹ふたりとともに、フィニシング・スクールへ行かされることになってしまった。どういうわけかエラが拒絶できないことを悟ってしまった姉のハティは、嫌がらせにつぎつぎと無理な命令をつきつけるようになってしまう。
1998年にアメリカのすぐれた児童書に贈られる、ニューベリー賞のオナー賞を受賞したファンタジー。
誕生祝いに呪いをかけられるという出だしは「いばら姫」で、そのあとは「シンデレラ」。
著者はあまりにも優等生な灰かぶりに飽きたらず、魔法のせいで「従順」の仮面を被りつづざるをえないけれど、本来はけっこう「いい性格」のヒロインをつくりだしています。どうにかしてかけられた魔法に逆らおうとするものの、それがなかなか果たせず無力感にうちのめされ、けれど前向きな姿勢を棄てることはない、不屈のヒロイン。
能天気な妖精ルシンダは、迷惑そのものの存在なんだけど、憎めない。あまりにも浅はかだからでしょうか。料理人のマンディや、ノーム、エルフなど、非人間キャラクターがいきいきとしていて、人間たちよりもずっと魅力的です。
ところでこの本。出版社や題名、装幀を見ただけだと、「自分に自信がなくていい子を演じてきた女性が、真実の自分に向かい合い、自信を取り戻す、感動のノンフィクション」のようです。
そういうノンフィクションを読む人を読者として想定しているのでしょうか。だから「ファンタジー界の住人」のことを説明するページをもうけているのかな。でも、私はこれを見たときに「この話はファンタジー界という世界が出てくる異世界移動ものなのか」と勘違いしてしまいました。
せめて題名だけでももうすこしファンタジーっぽくならないものかと思います。
プロ野球のオープン戦もJリーグの開幕戦も見られず、ようやく本日初めてスポーツニュースを見られる! と意気込んでいた『サタデースポーツ』。途中でテロップが流れ、さらに臨時ニュースに切り替わり、見たくもない首相関係のニュースに文句たらたらの私。
「森さんが辞めるなんて言うからー」
すると横にいながらテレビは見ていなかった妹が
「え、森さん、もう辞めるの。まだオープン戦なのに」
「…」
妹の頭の中では、すでに首相は森さんではなかったらしい。
五代ゆう『ヴァルキリープロファイル 上』(角川春樹事務所.2000.218p.1900円+税)読了。プレイステーション用ゲームソフト「ヴァルキリープロファイル」のノベライズ。
主神オーディンにむかってユミルの首が神々の黄昏(ラグナロク)を告げた。すべての神々が死に絶えるというラグナロクの到来を前に、オーディンは戦乙女ヴァルキリーを召還する。
「魂の選定者」であるヴァルキリーは、本来は相容れない存在の神でありながら、人間の魂を感じ、選びとる。彼女はオーディンの命に従い、神界戦争に必要な勇者の魂「エインフェリア」を集めるために人界へと下り立った。
ゲームのノベライズを読むのはじつは初めて。この本は『〈骨牌使い〉の鏡』の五代ゆうが書いたので読むことにしました。
ゲームのほうも、いちおうやりましたが、些細なことで手こずって延々とおなじところで足踏みをしているうちにストーリーがわからなくなる、という間抜けなプレイをしてしまった。アクション要素のあるものにはつくづく向いてないと思い知らされたゲームでした。
この本を読んでいるうちに「ああ、そういうふうになっていたんだ」と物語が結びついていきましたが、こんなことでいいのでしょうか(苦笑)。
でもゲームと小説は別物であるなという感じはしました。
ベースに北欧神話があるのは一目瞭然なのですが、その取り扱い方に関してはゲームをしているときにも、「うーん、こうくるか」と私のもっている北欧神話のイメージとのギャップに違和感を覚えていて、でもこれは「ゲームだからまあいいか」という具合に納得させられていたのです。システムのバランスとか、いろいろあるし。
けれどこのシステムをそのまま小説に移植されると、違和感が倍増しでした。
これはノベライズした人にもゲーム開発者にも責任があるわけではなくて、ゲームのシステムというのは独特なものだなということです。
こういう感想を抱くのは、おそらく私がゲームノベライズ小説初心者だからなんだろうなー。
まあ、神話伝説というものにはいろいろな異説があるのがあたりまえなのですが、原典とはけっこう離れた異説をつくりあげているのは、たしか。それが悪いというわけではなく、この世界できちんとつじつまが合っていればかまわないと思うのですが、でもこれをもって「北欧神話」であると思われるのもすこし…な気がする。
ただ、これがインド神話やアメリカ原住民の伝説なんかだと私にはぜんぜん違いがわからないわけで、たんに個人的なこだわりですね。ここに書いたことは(^_^;)。
この本そのものについていうと、ストーリー展開はゲームにわりと忠実です。ゲームに忠実というのは、ゲームのノベライズには必要条件なんでしょうね。著者にもっと話を膨らませてほしいような気もしましたが。まだ上巻なのでこのあたりはなんともいえないけれども。
それから、ゲームをやっていて「どうにかならんのか、このセリフ」と思ったアリューゼのモノローグは、さすがきちんと整理されていてわかりやすくなっていた。
NHK教育テレビ「おかあさんといっしょ」の今月の歌。といっても二月から放送していて、私が知ったのは二月の中旬でしたでしょうか。
ちいさなおばけ「ハオハオ」が、まいごになって「ぼく」のところにあらわれたという歌なんだけど、最近、頭の中でぐるぐると演奏されています。
作詞はおーなり由子。作曲は知らないんだけど、編曲が「たま」なので、「たま」のひとかも。そして演奏もどうやら「たま」っぽい。
歌と一緒にながれるアニメーションがかわいらしくて、ついつい毎日(というほどでもないけど)見てしまいます。
歌のストーリーはなんてことないんだけど、メロディーがやさしくて、ちょっとせつないのでした。
駒崎優『狼と銀の羊 足のない獅子』(講談社X文庫ホワイトハート.2000.232p.530円+税)読了。歴史ミステリ連作の七作目。『麦の穂を胸に抱き 足のない獅子』のつづき。
国王のウェールズ遠征にしたがっていたハロルド卿も帰郷を許され、ふたりの従者リチャードとギルフォードもようやくブラッドフィールドに戻ってきた。シェフィールドの執行長官を近況報告に訪れたかれらは、騎士である父親が行方不明になったという少年と出会う。
一方、シェフィールドの司祭ジョナサン・ハワードは、自分の野心をさまたげる反対勢力から、兄の不祥事との関わりを追求されようとしていた。
ブラザー・ジョナサンはどこまでいってもブラザー・ジョナサンでありました。
この巻は、ブラザー・ジョナサンに御難?という出だしなのですが、どんなに不利な状況でもかれは窮地に追い込まれたりしません(苦笑)。
私はかれの切れすぎる頭と計算高いところが大好きです。そして自分以外はすべてバカと見下しているようでいて、けっこう紳士なところも。見苦しいのはキライ(笑)。
ブラザー・ジョナサンのお兄さんは、弟にさんざんこき下ろされていますが、性格の悪さがそっくり。このふたりの血縁を想像するのがコワイ…。
おかげでリチャードが、じつは育ちのよいお坊ちゃんであることを露呈しています。今回、リチャードとギルフォードはただの親切なお兄さんでしたね。
ロイス・マクマスター・ビジョルド(梶元靖子訳)『スピリット・リング』(創元推理文庫.2001.540p.980円+税
Lois McMaster Bujord "THE SPIRIT RING",1992)読了。15世紀末北イタリアの小国が舞台の「恋と冒険の歴史ファンタジイ」。
ルネッサンス期の北イタリア。モンテフォーリア公に金細工師として仕える大魔術師ベネフォルテの一人娘フィアメッタは十五才。金属細工の仕事はしているものの、もっとも興味のある魔法について、父親はなにも教えてくれない。
彼女はこっそりとつくった魔法を仕込んだ指輪を、思いを寄せているスイス人の近衛隊長ウーリ・オクスにそれとなくさしだそうとするが、かれは指輪を気にとめることもなかった。魔法は発動しなかったと気落ちするフィアメッタ。父親は彼女がつくった指輪の魔法は、「真実の愛をあきらかにする」もので、ひとの気持ちを変化させるものではないという。
ある日、ベネフォルテ親子はモンテフォーリア公の娘とロジモ公の婚約の宴に出席した。しかし、旅人がもたらした情報がなごやかな宴を一変させる。陰謀が露見したロジモ公は、すぐさま激昂するモンテフォーリア公を殺害、傭兵上がりのロジモ公の引き連れていた警護兵は、モンテフォーリアの抵抗を封じるために殺戮をはじめる。そこでフィアメッタはロジモ公がしているいやな指輪の正体は、死霊の指輪(スピリット・リング)であることを目撃する。
SF「マイルズ・ヴォルコシガン」シリーズで有名なビジョルドの、唯一のファンタジー小説だそうです。
「マイルズ」シリーズは二冊読んだだけですが、そこでやめたのはつまらなかったからではなくて、単に図書館に入らなくなってしまったからです。たぶん、つづきが入荷していれば読んだはず。
この本は素直に「好き」です。
主人公が十五才の夢見る乙女なので、かなり臆面もないロマンチックな冒険ものになっているのですが、細部の描き方が重厚で、それぞれの登場人物に厚みがあり、定石を踏んだストーリー展開も小道具に驚きが感じられるので退屈しません。
ヒロインであるフィアメッタと、彼女の「運命の恋人」であることが偶然判明した、スイス人鉱夫トゥールの、わけがわからないうちにおたがいを認めあっていく過程を、ラブストーリーとして楽しむのもいいし、フィアメッタの父親が残した黒魔術に関する陰謀やかけひき、さまざまにあらわれる妖しい魔法のことどもを楽しむのもいいし、脇役のおじさまたちの活躍をいらいらしつつ眺めるのもまた楽しい。
ルネッサンス期の北イタリアの生活がくわしく書き込まれていれて、地に足のついた描写に魔法がうきあがることなく溶け込んでいるのも、私にとってはうれしいところでした。
トゥールの兄ウーリが、最後になって大活躍するところはこの話のクライマックスにふさわしい。拍手喝采。
憂さを晴らすのにちょうどいい、読み応えのある世界とさわやかな読後感のおはなしでした。
図書館に二番目に近い本屋が閉店していた。
入るたびに閑散としていて、これで採算とれているのだろうか、とつねづね思っていたのだけれど、やっぱり儲かっていなかったんだ。
チェーン店のひとつなんで、潰れるという感じではないとは思うけど、さみしいなー。
中小の書店は品揃えがいまいちなんで、客はどうしても大型店に流れてしまいがち。とくに毎日外出するわけではない私のような人間は、発売日からけっこう日にちが経過した本を求めているので、そこいらではほとんど需要が満たせません。そのため、時間があると近所の本屋は素通りして繁華街の大型店に直行してしまうのです。
でも、この行動がますます近所の本屋の品揃えを悪くしている、ということはわかります。
わかりますので、近場もちゃんとみるようにしているんだけど、やっぱり置いてないのよねー。何軒も見てまわるのもめんどうだし。というわけでまたもや大型店に…。悪循環ですね。
おまけに私は「高い本は借りる」「ベストセラーは借りる」「評価の定まらない本は借りる」「知らない著者の本は借りる」「借りて知った著者の本は借り続ける」という行動パターンをとる人間なので、よく考えると本屋の敵のような気がしてきた(苦笑)。
というわけで、べつの本屋に寄ったとき「ここも大変なんだろうなー」とつい親切心をだして、
- 前田珠子『呼ぶ声が聞こえる 破妖の剣外伝6』(集英社コバルト文庫)
- 樹なつみ『獣王星 4』(白泉社)
を購入。
ロイス・マクマスター・ビジョルド『スピリット・リング』を読む。おもしろい。
G×YBのオープン戦をTBSで観ました。このあいだの細切れ二元中継よりはだいぶまともな中継録画。
スタンドは盛況のようでしたが、試合のほうはなんだかなーな内容だった。YBでよかったのは先発野村、つぎに投げた中野渡、くらいだったかな。疲れているのか、あんまりはつらつとした動きがみられなくて、つまらなかった。金城の守備にはひとついいところがあったけど。打席がまったく放送されなかった打者は、やっぱり凡退しているんですよねえ…?
おまけに走者にあんなに走られて。オープン戦といえど、負けるのはやっぱり悔しいのでした。
森奈津子『西城秀樹のおかげです』(イースト・プレス.2000.298p.1600円+税)読了。おもにアンソロジー『SFバカ本』に収録された「笑いとエロスをテーマにした作品」を編んだ短編集。七編を収録。
SF的な設定よりも登場人物の一般常識とはかけ離れたふるまいがおかしい短編集。
でてくるのは、曙並の体格をおのれの妄想であざむき、おねえさまとの学園生活を夢見る女三十四才とか、バイセクシャルでマゾヒストでやけに言葉遣いがていねいなセクサロイドなどなど。
おのれの欲望にどこまでも忠実なかれらのパワフルさに、たまにでてくるフツーのひとびとは圧倒され、ふりまわされ、そのまま流されていってしまいます。両者のあいだには果てしないギャップがあるように見えるけど、じつは「紙一重」なのかもしれない。それにしても、この噛みあわないおかしさは、ギャグマンガのよう。とくに最後の「エロチカ79」の唐突さ。文章でこんなことができるなんて、スゴイなーと思います。
『SFバカ本』ですでに読んでいた話もありましたが、まとめて読むと圧巻です。バカバカしさをたのしく読んだあと、気分が明るくなりました。
とりあえず、大人向けと書いておきましょう。まちがっても子供の読む本じゃありません
岩波少年文庫のつぎになんて本を読んでるんだ…。
南條竹則『ドリトル先生の英国』(文春新書.2000.244p.710円+税)読了。『酒仙』で第五回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した著者が、幼い日に読んだ「ドリトル先生」シリーズを読み直す。
ヒュー・ロフティング作、井伏鱒二訳の「ドリトル先生」シリーズをかつて読んだことがあり、それが楽しい思い出となっている人なら、読んでみて損はないのではと思われる…評論?
著者の小説は読んだことはないんですが、さすが大学院で英文学を学んだだけあって、「ドリトル先生」の舞台に設定されている十九世紀のイギリスについて、本文と照らし合わせながら詳細に解説してくれています。
子供のころはよくわからなかったところが理解できたり、流して読んでいたところにけっこう深い意味があったことをはじめて知ったり、なかなか興味深い本でした。
いまでは読んだはしから忘れていくような私の頭も、子供のころに読んだものはちゃんと覚えていて、そのこともけっこう驚きだったです。いや、あのころは大して本を読んだりしていなかったんですけども。
メアリー・ノートン(猪熊葉子訳)『空とぶベッドと魔法のほうき』(岩波少年文庫.2000.342p.720円+税
Mary Norton "BED-KNOB AND BROOMSTICK",1957)読了。1945年に書かれたイギリスのユーモアファンタジーとその続編の合本。著者は『床下の小人たち』でカーネギー賞を受賞しています。
ケアリイ、チャールズ、ポールのきょうだいは、夏休みにベドフォード州のおばさんの家にあずけられていた。ある日、朝食前にキノコ採りに出かけるため、夜の明けきらぬうちに家をしのびでた三人は、村ではしとやかと評判のピアノ教師プライスさんが、足首をくじいたボロボロのすがたで座り込んでいるところを発見する。親切心から彼女を助けることにしたケアリイとチャールズは、末のポールがそばに転がっていた庭ぼうきはプライスさんのもので、プライスさんはほうきに乗っていて落ちたのだと言い張るのを聞いて驚く。プライスさんは、なんと魔女だったのだ。
図書館の新着コーナーにあったものをなんとなく借りてきた本。
趣味でこっそりと魔女の勉強をしているプライスさんに、ぐうぜん秘密を知って脅迫まがいに魔法をねだる子供たちの話(笑)。
子供たちは好奇心のおもむくまま、感情のほとばしるままに勝手な行為をつづけますが、災難なのはプライスさん。押しが弱くてすぐに言いくるめられてしまうところが、かなりあわれ(と苦笑)を誘います。
さんざんふりまわされて大変なめにあわされるのに、夏休みが終わって帰っていく子供たちに「さようなら、いい子たち。気をつけてね。あなたがたのあたたかい心や、やさしさや、勇気をなくさないようにね。それはとても役にたつものですからね。」(p.158)と声をかけるプライスさん。なんておひとよし!
この本は「魔法のベッド南の島へ」「魔法のベッド過去の国へ」をあわせて一冊にしてあります。「南の島へ」での太平洋のウイープ島の原住民の描写には、すこしばかり問題を感じないでもありません。この島が実在するかどうかは別として。
その点「過去の国へ」はチャールズ二世時代のイギリスへ時間をさかのぼる話なので、こちらのほうがすなおに読むことができます。
五十年以上前に書かれたものなので、かなり古めかしい感じでした。なんの先入観もない子供なら、楽しめるかも。
真夜中に電話がかかってきたせいで、すっかり調子が狂ってしまいました。
眠れなくなって輾転反側したあと、ようやくうとうとしかけたところでまた電話。
ちゃんと睡眠をとらないと体中が軋んでくるのでとても恨めしかった。
ときどき間違い電話や、もしかするとプロバイダの接続番号と間違っているのではと疑うような「ピーッ」という甲高い電子音が聞こえる電話で起こされると、無性に腹が立ちます。
しかし、しらないうちに電話番号を書き換えるようなウィルスもあるらしいですね。気をつけよう。
それにしてもだるーい…
午前中に寒いところにいたため、お昼を食べてから寒気がしてきた。不安なのでおとなしく過ごすことにする。
夕べ、放送直前に気がついて、時間がなかったせいでちゃんとしたテープに録画できなかったのがくやしいザ・コアーズのライブを観た。
そういえば、動いているザ・コアーズをみるのって、まだ二回目でした。はじめのうち緊張からか声がのびなかったヴォーカルのアンドレア。中盤はのびのびと歌っていましたが、とばしすぎたのか、終盤はバテていたみたいだった。
四人兄妹がさまざまな楽器を演奏する姿のなかで、いちばんかっこいいなと思ったのは、ヴァイオリン。胸を張って堂々としているからでしょうか。複雑なメロディを弾きおえたときののけぞるようなパフォーマンスが色っぽい。ティンホイッスル(?)は子供がリコーダーを吹いているような感じで、ちょっと頼りなげな印象でした。
どの楽曲も好きなんだけど、ライブで演奏されるインストゥルメンタルの曲には格別なものがありました。速いテンポに客席の気分が高揚しているのがとてもよくわかります。
もうずいぶんライブには行っていないけど、あらためていいものだなと思いました。先立つものと体力があればな…。
恩田陸『ライオンハート』(新潮社.2000.294p.1700円+税)読了。時空を超えてめぐりあう美しい男女のSFメロドラマ連作短編小説。
あらすじを書こうとしても書けない自分に気づく。
無理に書こうとするとこれから物語に入っていく人の興をそぎそうで怖いです。
物語の骨格としてはSFなんでしょうけど、ハードなところはなくて、繊細なシーンがたおやかな文章でくっきりとうかびあがってくる幻想的なおはなし。
どこか懐かしいような感覚を残すひとつひとつのものがたりが、からみあいつつ同一の旋律を奏でていくさまを読むのがとてもここちよかったです。絵画にちなんだエピソードになっているのも、おしゃれな感じ。こんなにたくさんの仕掛けを機能させるのはたいへんなのではと思います。
ただ、この仕組みがなぜできあがったのか、というところはいまひとつ理解できなかったんですが。どうして最初のエドワードと最後のエドワードが同一人物なのか、夢をみたエリザベスが最初のエリザベスではなくて、もっとも時代を下ったところにいるエリザベスであるのはどうしてなのか。書いてて混乱してきた…。
でもこの夢にはちゃんと終わりがあって、しかも終わりが幸せなのがよかった。
果てしなくつづくと悪夢になっちゃうものね。
あとがきに著者自身が書いている『ジェニーの肖像』は読んだことがないのですが、「春」にでてくる祖父の日記に関するエピソードを読んでいて、萩尾望都『ポーの一族』の「グレン・スミスの日記」を思い出した。うーん、なつかしい。
何度やってもクジャに倒され、そのたびにひーひーとレベルアップに励み、ようやく倒した、と思ったのに。「またやりなおしか?」とあきらめかけたころ、やっとラストボスが倒れてくれた。やったー…。
それから長い長いエンディングがつづいて、いつまでつづくのだと思いはじめたころ、エンドロール。これもかなり長かったですけど。
クリスタルの空間でクジャと出会ったらまずセーブ。ここからはじめてよかったと思いました。時間に追われてやっていたら、エンディング半ばで強制終了しなくてはならなくなったかも。
ラストはまあ、お約束って感じでしたが、こういうゲームはこれでいいのでしょう。いろいろと「あれえ?」というところがあったのは、やっぱり私がすっ飛ばしてプレイしてしまったところがあるのでしょうねえ。
まあ、いいや。これからしばらくゲームをする環境にはならないだろうから。ようやく終わってくれてホッとした。
円山夢久『リングテイル 4 魔道の血脈』(メディアワークス電撃文庫.2001.244p.530円+税)読了。異世界ファンタジー『リングテイル3 グードゥー狩り』のつづき。
過去へ迷い込んでしまった魔道師見習いの少女マーニは、黒山の盗賊たちの一員として暮らすことを受け入れ始めていた。失態をばんかいするための試練を果たした凶運のチャズは、イサの日の前夜に試練をともにして命を落とした男の訪問を受ける。チャズが忘れさせられていた盗賊王コヴァナンの過去を男は語る。それはチャズにゴヴァナンとの決裂をうながすに足る、おそろしい現実を示唆していた。
「凶運のチャズ」のエピソード完結編。と書いてあるのを見て、「ええー、これで終わっているの」と思ってしまった。前巻を読んでてもうすぐ終わるなという予感がひとつもなかったのに。
そして読み終わった今も、「これで終わりなんですかー」という気分。
いや、エピソードはちゃんと完結しています。すべての要素がこのうえもなくきっちりとはまって、ストーリーを導いていってる。
マーニも国王の視野とはどんなものか、とか、自分の限界を自分で決めない、とかの教訓を得て、成長している。そう、マーニの物語としては、ちゃんとけじめがついているのです。
ではなんで物足りないのでしょう。うーん。
魔道王スウァルタ陛下が黒幕で終わってしまったせいかなあ。
活躍されているのに、いまいち地味な存在って感じ。もっともっと存在感を示してほしかったです。マーニとほとんど絡まないのが原因でしょうか。
「チャズ」の話をまとめて読んだらこんな不満はいだかなかったかもしれないですけどね。
あと、「世界がまだ若くて、魔法が大気に満ちている時代」が舞台なのに魔法の描写に一作目ほどの魅力を感じなかったことも残念なのです。
ところで、ヒルディア姫の乳母ってなにもの?
三月へ移行するための準備をする。
二月の後半部分にはあんまり本のタイトルが入っていませんね。
翻訳本が多かったから、一冊読み終えるのに時間がかかっていたのですな。
充実していたから、いいけど。
でもやっぱり、少し疲れたのはたしかです。いまは、もすこしくだけたものを読みたい気分。
ところで話題の新しいiMacをようやくAppleのサイトでおそるおそる見てきました。
ブルーダルメシアンとフラワーパワー。新色でなく新柄。
情報から勝手に想像していたのよりは、だいぶおとなしい感じがしてほっとしました。あくまで「想像よりは」ですけど。店頭で初めて見たら、たまげていたにちがいない。
柄物のパソコンなんて、普通のセンスじゃ思いつかない。おそるべしApple。
しかし、購入対象にするかどうかは、正直、迷います。ずーっと「いつかは」iMacを買いたいと思っていたんだけど…。今度は実物を見てみよう。
円山夢久『リングテイル 4』を読む。